嘘つきのおはなし


昔、昔
あるところに美しい銀髪をもった少年がいました。

森の中でひっそりと暮らすその少年を知るものは、誰もいませんでした。
少年はずっとひとりぼっちでした。
それをツラいと思ったことはありません。
少年は頭がよく、ひとりでも生きていけたからです。


ある日、少年が森のなかを歩いていると、キラリと光るものが見えました。それは見たことがないほど美しい光で、少年はとても驚きました。
恐る恐る近寄ってみると、なんとそれは女の子の髪だったのです!
見れば服はみすぼらしく、体は痩せほそっています。少年はとても心配になりました。
そうだ!干し柿がある!
少年の腕の中にはたくさんの干し柿がありました。
森のふもとの家で盗んできたものです。少年のことは誰も知りませんから、たぶん狐の仕業だとでも思っていることでしょう。
これは貴重な食料です。少年もそんな危険なことをしなければならないほど飢えていました。
しかし、少年は迷いませんでした。
そっと少女に干し柿を差し出します。
果たして少女は目を覚ますでしょうか。
少女のまぶたがピクリと動きます。そしてゆっくりと開きました。
少年はハッと息を飲みました。その瞳があまりに美しかったからです。
うるさく鳴る心臓の音が聞こえないか心配でした。それでも精一杯のしまし声で話かけます。
少女の表情は寂しく、何かを諦めているようでした。


その日の空は
少女の瞳のように澄んでいました。




ふたりは一緒に暮らすようになりました。
少女が時折見せる曇った顔も、いつの間にか消えていました。
少年は少女の万華鏡のように変わる表情が大好きでした。

少年は少女に恋をしました。

ほんとうに幸せで、夢のような日々でした。


しかしそれは、ある時突然終わりを迎えます。

少年は変わってしまいました。
とても恐ろしいものを見たのです。それは少女を襲った男でした。

自分の中で何かが音をたてて壊れるのを感じました。
誰からも愛されたことがなかった少年は、愛し方も知りませんでした。

少年は変わってしまいました。
愛のために人を食べる蛇になってしまったのです。




あれから長い長い年月が過ぎました。
少年は聡明な青年になり、少女は美しい女性になりました。
しかしふたりはもう昔のように笑いあうことはありませんでした。


男はたくさんの罪を犯しました。
たくさんの人を殺しました。
しかし相手はとても強く、男の力では勝てません。
仲間になった振りをして、機会をうかがいました。善悪など、そんなことはもう男には関係がありませんでした。世界を裏切ることさえ、男にとっては大した問題ではないのです。
ただ最後に手首に触れた女の肌が、まるで涙のように冷たくて、男は思わず名前を呼んでしまいました。
そして気づくと声が溢れていました。
気づくと、
謝っていました。

女はいつも自分のために泣いているのだと男は知っていました。
でも己を止める術を男は持っていませんでした。
失敗するかも知れません。殺されるかも知れません。
だから最後に、男は謝りました。

愛してしまって、
ごめん、と―









男は、

死にました。



何も残せぬまま。
何も成し遂げられぬまま。


愛に生きた男の、
悲しいお話。











「おしまい。めでたしめでたし。」
「えー、これで終わり?」
「そやで?なんか不満か?」
「だってそれじゃつまんないよ!全然めでたくないよー!」
「そんなん言うたって、こういう話なんやからしゃーないやん……。あ、でも…」
「え!なになに?」
「いや、しょーもない噂話なんやけどな…これには続きがあるんやて。」
「どんな?」
「確かな…“ふたりはまたどこかの森の中で、誰にも知られずに幸せに暮らしている”…とかなんとか…。」
「うそだー!そんなのおかしいよ!だって死んだじゃん!」
「そやなぁ。でも案外ほんまかも知れんで?」
「絶対違うよー!ねぇママ!?」

「そうねぇ、パパは嘘つきだもんね。」

笑う度、金色と銀色の髪がキラキラときらめきます。


ほんとか嘘か。

誰も知らない

不思議なおはなし。

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