何か


「あ、あの!これチョコレートです。」
「見れば分かるて。」
「あ…そ、そうですよね、すみません…!えっと…一生懸命作ったんで、もしよかったら食べて下さい!」
「おおきに、ありがとう。義理でも嬉しいわ。」
「ぎ、義理なんかじゃないです!」
「あらら、そうなん?」
「ほ…ほ…」
「ん?」
「ほ、本命ですっ!!!」
彼女は何番隊だろうか。それだけ言うと、顔を真っ赤にして、逃げるように走り去っていった。
「走るの早いなぁ。二番隊向いてるんちゃう?」
「そんな冗談ばかり言って…。かわいそうですよ。せっかく頑張って告白したのに。」
「そやね、かわいそうや。」
隊長は笑っていた。いつものように飄々と。
「でもこれじゃ仕事になりませんね…。朝から全然途切れないですもん。」
「仕方ないやろ〜?モテる男も大変なんよ。」
仕事にならないのなんていつもの事で、机に向かってじっとしているだけで、僕としては感動ものだ。
「…それ本気で言ってます?」
「アホ、冗談に決まってるやろ。」
「隊長が言うとしゃれになりませんよ…。」
山積みになった、“乙女の努力の結晶”を見ながら、僕はため息をついた。これからの作業を思うと憂鬱だ。
「幸せ逃げるで。」
「誰のせいですか…まったく。」
ぶつぶつ文句を言いながら、手元の紙に並んだ正の時に線をひとつ加える。

「失礼します。」
やって来たのは檜佐木副隊長―いや、今は瀞霊廷通信副編集長か―だ。
バレンタインなどは編集部からすれば格好のネタだ。毎年3月号には、《瀞霊廷一のモテ男は誰だ!バレンタインチョコレートGET総数ランキング!》なんて文字が踊る。僕には隊長の分を記録する義務があった。
「お〜、今年も凄いっすね〜。これは日番谷隊長、朽木隊長に次いで、3位に食い込むかも知れないですね。」
「今年も十番隊長さんが一位なんやね。ちっこいくせに相変わらず人気やねぇ。」
「背は関係ないみたいっすね。」
「キミ、スタイルええのに、からきしやもんね。」
「……余計なお世話っすよ。」
やはり隊長というのは別格で、僕ら副隊長とは比べ物にならない。うらやましいとも思うが、それはそれで大変なんだろうなとも純粋に思っていた。
「数より質っす。なぁ聞いけよ吉良!乱菊さんがくれたんだ!」
「それは僕も貰いましたけど…。」
「馬鹿野郎、そんなの知ってるよ。みんなおんなじの贈ってるんだ。だけどな?大きさがちげぇーんだよ!見ろ!若干大きいだろ?」
そうだろうか…。僕には同じに見えるけど。誤差の範囲じゃないか?でもまぁそれで檜佐木さんが幸せならそれでいいか。
「ほんとですね、羨ましいですよ。」
「だろー!?市丸隊長はどうでした?」
「あぁボク?ボクはみんなと一緒や。キミとは逆で小さいかも知れんね。」
「マジっすか!!!いやぁお気の毒に!」
「ずいぶん嬉しそうやね。」
「当たり前じゃないですか!くくく…じゃあ俺もう行きますよ。次の隊の途中経過見なくちゃいけないんで!」
檜佐木さんはデレデレと頬を弛ませ、執務室を出ていった。隊長に勝った(と思っている)のがよほど嬉しかったらしい。
「彼はいつも幸せそうでええねぇ。」
「隊長…。」
僕には気になる事があった。
「なに?」
「いえ…なんでも…。」
それは先ほど松本さんがこの部屋を訪ねてきた時に感じた、違和感だった。

“お邪魔しま〜す”
“あ、松本さん、お疲れさまです”
“吉良、はいこれ”
“チョコレートですか…。いつもいつも気を使わせてしまってすみません…”
“いいのよ、義理だし!”
“そういうのはハッキリ言わないで下さいよ…。”
“あはは、ごめんごめん。そうだ、市丸隊長にもあげないとね!はい、どうぞ”
“おおきに。ご苦労さん。女子は大変やね”
“いいえ〜。まぁ楽しいからいいんですよ。女子力ってやつです。隊長はいっぱい貰えるでしょうから、迷惑かも知れませんけどね”
“それ嫉妬?美人にそない嫉妬されるやなんてボク幸もんや”
“いやだもう違いますよ〜。じゃあ私行くわ。吉良も市丸隊長も女の子にちやほやされる、いいバレンタインになるといいですね!”

僕はまた聞けなかった。
僕は隊長の部下だ。
気づかないはずがない。隊長の為なら、命すら投げ出す。それほど存在なのだ。
隊長と松本さんの間に、何か特別なものがあると感じたのは、いつだっただろう。
声が、表情が、“何か”が違う。

「なんや?ボクの顔になんかついてる?」
隊長はその事に気づいているのだろうか。
分からない。
ただ、隊長が望むなら、僕は知らぬ振りをする。
「いえ。あ、ほら、また来ましたよ?」

僕はまた筆を取り、まっすぐ線を引いた。


その沢山の線の中のひとつにある“何か”を、頭から消し去るように。



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