恋人はサンタクロース?

クリスマス―
それはキリストの誕生を祝う日

クリスマス―
それは世界中の子供達の瞳が一年で最も輝く日

クリスマス―
それは家族が食卓を囲み笑いあう日


クリスマス―

それは世界が少しあたたかくなる日







「メリークリスマス。」
「メリー、クリスマス。」

クリスマス―
そう、それは恋人達の日でもある。

シャンパングラスの縁が触れ、高い音が二人の間で鳴った。
「今日はありがとね。」
「ええよ。乱菊が喜んでくれるなら、ボクも嬉しいわ。」
気恥ずかしいセリフが言えるのも、今日は特別な日だから。
「綺麗ね…。」
外では至るところにイルミネーションが灯っている。ホテルの上階にあるこのレストランからはいつもより華やかな夜景が広がる街が見えた。まるで街が生きているようだ。浮き足だち、熱に浮かされて、光は歌うように瞬いている。
「ほんまやね。でも…」
(キミのほうがよっぽど綺麗や…)
これは言わないでおこう。これではまるで安いドラマのようだ。ギンはそんな考えがおかしくて少し笑ってしまった。
「でも…なによ?」
「なんでも無いよ。秘密や秘密。」
「まったく、こいつはたまに変なのよね…。」
膨れてぶつぶつ言う恋人を見ながらギンは心の中でほうとため息をついた。赤いドレスに身を包んだ乱菊は、豪華に着飾った他のどの客よりも美しい。

「あ、料理来たわよ!」
パッと明るくなる顔は子供の頃のままで、ギンはまた笑った。
「そういえばさ、昔は酷かったわよね。」
他愛ない話をしているなかで、乱菊は愉快そうに話を切り出した。
「あぁ…昔なぁ〜…」



*

年の瀬のある日、家の中で作業をしているとサクサクと雪を踏む音がした。すぐに乱菊のものだと分かったが、そのリズムはいつもより早く何かあったのだと察した。戸が開くと冷たい風が入り込み、身震いがした。
「どないしたん?」
耳と鼻を真っ赤にしていたが、頬はそれよりももっと赤かった。
「今日ね!村のお姉さんが言ってたの。25日はね、さんたく…えっと、さんたくなんとかさんがね?贈り物をくれる日なんだって!」
「ほんまか?ずいぶんと都合のいい話やね…。」
「でもね!いい子にしてる子供のところにしか来ないらしいの。」
「…へぇ〜。」
“いい子にしてる子供のところ”か。…だいたいの事は分かった気がした。親か、周りの大人の仕業だろう。現に今までの人生でそんな事は無かった。まぁ模範的な子供であったかと言われれば何も言えないが…。
「私、もらったこと無いわ…。これからでもいい子にしてたら来てくれるかな?」
「そやね。きっと来てくれるよ。」
輝く目に胸が痛んだ。親のいない自分たちには縁の無い話だろう。親がいないなら…


「見て!見てよギン!」
隣で弾ける声に胸が高まる。早く起き上がりたい衝動を抑えて、「う〜…ん」なんて言いながら、わざと布団の中に潜り込んだ。
「起きてったら!」
布団を剥がされてようやく体を起こす。
「なんやねん…なんかあったん?」
「これ!サンタさんが来てくれたみたい!」
「へ〜凄いなぁ。開けてみたら?」
「あ…そうだね!」
キラキラと輝く顔は、雪の降った朝特有の明るさに照らされて、とても綺麗で、ギンは初めてクリスマスという日に祝福された気がした。





*

「ねぇ覚えてる?あの時のプレゼント!」
「まぁ〜…なぁ。今考えるとかなりショボいな。」
「ほんとよ!だってあれってさ…」
「値札ついとったな。」
目尻に涙を溜めて笑いを堪える乱菊を、店員や客が、何事かと振り返った。あわててすまし顔をするが、そんな姿もまた可愛らしくてみな微笑みながら顔を見合わせた。
「行儀悪い子んとこにはサンタさん来んで?」
「なによぅ…あんたに決定権なんて無いでしょ。」
「一般論や。でもあん時の乱菊は可愛かったなぁ。素直で。」
「どういう意味よ…。」
「あの話聞いてから一生懸命働いて、貰ったんがあんなもんでも跳び跳ねて喜んで。」
「あんなもんって…。」
「ごめんな?あん時はあれが精一杯やったんや。」
ギンは頭を掻くが、意外な反応が返ってきた。
「あんた何いってんのよ。」「え?」
乱菊は首をかしげてギンをみつめている。
「あれはサンタさんが私にくれたプレゼントよ?人生で初めてもらったプレゼント。なんであんたがそんな事言うのよ。」
「はぁ…。」
それが天然なのか気を使っているのか、ギンは計りかねていた。
「今はもう大人だから、あんたがサンタさんだけどね〜。」
いたずらっぽく笑いシャンパンをに口をつける乱菊を見て、また困惑してしまった。
「狐が狐につままれたような顔してるわ。変なの。」


美味しいお酒と美味しい料理、そしておかしな昔話がふたりのクリスマスを彩った。








「ただいま〜。」
誰もいない暗い部屋に電気を灯した。
あの日はそのままホテルに泊まりロマンチックな夜を過ごした。
楽しかった時間の幸せの余韻に浸りながら、部屋へ入る。

鏡台に座るとそっとネックレスを外した。それは今年のプレゼント。つけてくれた昨夜の事を思い出して乱菊は少し赤くなった。
ここは宝箱。ギンからもらったたくさんのものが思い出とともに詰まっている。
最奥から小さな小物入れを取り出した。その中には―


「ふふふ。」

ぼろぼろに汚れた、申し訳程度の飾りがついただけのネックレスがあった。

値札は、ついたまま。


ふたつを見比べて微笑んだ。



「ありがとう、サンタさん。」




優しさで冬はあたたまる。

そうそれがクリスマス。




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