メイド006


できれば、この目を開けたくない。脳が活性化していくのを感じたくない。日の光に触れたくない。コミュニケーションをとりたくない。食べ物を喉に通したくない。ないないづくしでわたしの一日は始まった

ベッドから起き上がって、着替えて、朝ごはん食べて、顔を洗って、歯磨きをして、学校へ向かう。足取りが重い。できればここで捻挫してほしいと思って歩いている最中に足を足に引っ掛けてみたけどやっぱり防衛本能が働くし痛いし何もできずじまいだった

(苛々とは違う何か)



学校に着てしまった。もう昼休みなんてこなければいい、すぐにそんな言葉を吐いてしまいそうになる。あんなにさゆを泣かせてしまって会わせる顔が無い。何がどうしてああなったのかさえ上手く思い出せないのに、さゆの泣き顔だけしっかりと脳裏に焼きついて離れない。人が殺されたわけでもわたしが殺されそうになったわけでもないのに、しっかりと鮮明に貼り付けられた光景。こんな小さい事でわたしがクヨクヨしてるなんて馬鹿馬鹿しい、鼻で笑ってくれる人はいないのか。いたらそいつを殴って少しでも気分爽快になるのに

「いつまでもジメジメしてんじゃないの」
「ジメジメじゃないし」
「なんかデジャヴ」

声をかけてくる美羽に返事。やっぱりジメジメしてるか、と思って突っ伏していた机から顔を上げる

「泣かせちゃった」
「誰を」
「女の子」
「性別は聞いてません」
「さゆ」
「ああ、脚本書いた子だっけ。胸でも触った?」
「キスするから」
「え、キスしたの?」
「犬山とわたしがしちゃうのが嫌なのって」
「あら可愛い嫉妬」
「彼女だった」
「犬山の?」
「お似合いだと思った」
「小さくて可愛い女の子とヤンキー的な男の子ね、漫画によくある感じの」
「知らなかったし色々誤解してたし、わたしそうとも知らないでほじくっちゃって挙句キスのことまで言わせちゃって、気づけなくて、「ふり」でもそういうの本当に嫌だって思うよね、そりゃ彼氏なんだもん、わたし馬鹿だった。わたしがお姫様になったことなんて誰も喜ばないんだよ、なんでわたしお姫様になんてなっちゃったんですか?わたしのせいで一人の女の子がいっぱいいっぱい傷ついてるんだよ、自分の彼氏と知らない女がキスしちゃうんだよ?しかも大勢の前で、皆が見てるところで、「あーうるさいうるさい」

頭の中がパンクするくらいに考えていた事を一気に口から出してみたらそれと一緒に何かが目から出てくる。重くて熱くてつかみようのないそれがぽたぽたと机に染みを作る。喉が痛くなってそれから美羽が慌ててわたしをトイレに連れて行って、しばらくそれは終わらなかった。なんでこんな事になってしまった、なんでこんな想いをしなくちゃならない、世界は理不尽だと嗚咽のあいだに美羽に言うと、はいはいと流されて背中をさすられた。こんなこと、さゆも考えてたんだろうかと思ったらまた胸が痛くなる。こんなことしてたら終わりが見えない

「んー、仕方ないと思うんだけど、あたしは」

授業始まりのチャイムがなり終わって、美羽がそう切り出した

「陽奈がお姫様になっちゃったのは偶然じゃないよ」

思わずどうしてという視線を向ける。美羽が苦笑して

「何かあるんだよ、絶対」

しばらく美羽のことを見つめていたけどその先の言葉はなかった。そのあとにわたしと美羽が喋った事といったら、立ち上がってトイレを出てから、教室、もう授業始まっちゃってるね、と言われたくらいで、あとはただうつむいてしまった。静かな廊下をスニーカーで踏みしめると時折キュ、と音がして、その音をただただ耳にはめたイヤホンから流れる音楽みたいに聴いていた







起承転結なんてなくったって
(脳内を巡るあなたの言葉)
(今のところこの先期待できる要素は何もないのに、信じたいと必死に心が願ってる)
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