執事005

気づけば最近びっくりした、とかばっかりだ。平凡の方がわたしは好きなのに。さゆが犬山くんと付き合ってるって?わたしがその犬山くんとキスしなきゃだって?

は、そんなの知らない


「げんじつ…とう…ひ…なう」
「何がなうだよ」

ケータイをいじって某つぶやきサイトにそう投稿すると、真正面にいた美羽にケータイを取り上げられた。ここは学校、目の前に広がる景色に絶望、現実逃避なんて1分もできやしない

「現実逃避エブリデイにしとけ」
「もうやだ。こんな穢れた世界でわたし生きられない。堕天使陽奈ー、羽をもがれた鳥なんてただのゴミだって」
「大丈夫?頭」
「もうだめ…」

知りたくない事ばっかり知ってしまうなんて。なんでわたしがお姫様役なんでしょう。こんな落ちぶれた姫いないよ、どこの世界探したって、ここにしか

「どんだけ困ってんのよ」
「困ってないよ…別に」
「困ってるじゃん。そんな落ち込んだ陽奈あんまり見ない」
「だってさ。犬山だよ、犬山。あーもう名前も口にしたくない」

そういって耳を塞ぐと美羽がにやりと笑う。

「可愛いげあるー。陽奈ちゃん最高にかわいいなうー」
「うぜ」






「あ、陽奈ちゃん」

そう言って昨日同様わたしを呼び止めたのはさゆ。気まずい。そう思ったのは私だけみたい。だってそうだ、さゆは今までもずっと犬山くんと付き合ってて、それをつい最近知ったわたしがビックリしてるだけの事なんだから

「えと、今日は言いづらいけど」
「うん?」

さゆの隣を歩くと、改めてさゆの小ささを実感する。指先をいじりながらうつむく姿は小動物を思わせる

「そのー…王子様役のひと、と、ね」
「…え?」
「キスを、ね」
「あ、ああ、うん、そっか、前回そこで終わったしね…」
「うん…」
「…そっか」
「…」

やっぱり気まずい、この空気はなんなんだ。何か言ってくれ。まるでわたしがさゆにキスのことを言わせたみたいになってるじゃないか。ああ、誰でもいい、わたしの横を歩くそこのあなた、わたしの足をあなたの足に引っ掛けて転ばせてくれませんか?

「ごめん」

沈黙が重すぎて思わず声を出した。さゆがぱっとわたしを振り向く

「犬山とわたしがそんなん…て、やだよね」
「えっ、そんな事無いよ、だって演技だもん」
「そうだけど。見えるんだよ、わたしと犬山がそれしてるみたいに」
「そ、それとか言わないでよぉ!やらしい!」
「あ、ごめん。…いろいろと」
「もおおお、陽奈ちゃん暗いって…あたし本当に気にしてないから!」

さゆが「演技だもん」と言ったことで、演技じゃなきゃ嫌という思いがひしひしと伝わってくる。彼氏と他のどうでもいい女がキス…なんて、耐えられないと思う

はわはわと焦っている様子のさゆが可愛くて、そんでもって健気で、本当にわたしがお姫様役になってしまったことを詫びたい。詫びても詫びても足りない

「こんな脚本書いたのあたしだからね。…あっ、陽奈ちゃんがお姫様役でよかったと思ってるよ!こんな友達にもなれたし」
「でも悪いよ、さゆの彼氏じゃん」

やっぱりさゆの言葉には直接的ではないけど「嫌だ」という思いが込められている。さゆ本人は気づいて無いと思うけど、聞く側からしたら棘のようにその言葉は刺さる。いい子なのに、天然なのが玉にキズ、わたしは全体的にキズだけど

さっきまで下を向いて歩いていたさゆがさらに下を向いた。どうしたの、といって覗き込むとその目には沢山の涙がうかんでいた。慌てる

「さゆ!?大丈夫!?」
「ひ、陽奈ちゃん、そんなに謝られたらあたし、何て言えば、いいの」
「うぇえええ!?」
「あたし、キスしちゃうのは、嫌だと思ってるよ、でも、」

こく、とさゆが唾を飲む音がきこえる

「陽奈ちゃんが、お姫様なんだもん、そんな、あたし」

続きの言葉はもう要らなかった。

わたしがお姫様になっちゃったんだから、脚本を書いてしまったのはさゆなんだからしょうがない。そう、さゆは言いたいんだろうなと思った。必死にわたしを傷つけまいとしてつむいできた言葉にも、さゆの心にも限界があって、こうして今弾けてしまった、と。書けば書くほど淡々とした内容になってしまうのが苦しいかな、今こうしてここにいるだけでわたしは胸がずきずき痛んでいるというのに。立ち尽くしてさゆを見て、慌てるでも慰めるでもないわたしと必死に涙をぬぐっているさゆをたくさんの人が見る。さゆの友達がひそひそ言っているのが聴こえる。何を言っているのか、わたしが今どうしたらいいのか、まわりにどんな目で見られているのか、もう何もかもわからなくなって吐き捨てるようにごめんねと言ってそこから立ち去った




わたしに選択肢なんてはじめからなかった
(誰がわるいの?)
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