王子様002
「2年1組、姫役…の柏木陽奈です」
自分で自分のことを姫とか言うのはどうかと思った。思わずセリフが止まる。あたし姫系なの〜とか言ってる子はいたけどそれとこれじゃ全くワケが違うし、学年のメンバーの前で「わたしが姫!」なんて言う機会なんてこれから二度とないと思ったし
「主役は初めてですが一生懸命取り組みますので、よろしくお願いします」
ぺこ、と頭を下げると小さい拍手が起こる。体育館に集まって劇団挨拶といったところだろうか、ステージ上に俳優が並ぶ。わたしと犬山くんとその他諸々。脚本は決まっていたらしいが製本するのに時間がかかったらしく今日渡されたばかりで、自分が何をする役なのか分かっていない人もたくさんステージ上にいた
「2年3組王子役の犬山健人です、よろしくお願いします」
隣の犬山くんの下の名前はたけひとだそうだ、今知った。わたしみたいに長ったらしい挨拶もせずにぺこりと頭を下げて、気だるそうにしている。こんな人が王子でやっていけるんだろうか、ただ見た目がいいから王子に選ばれただけなんじゃないか、そんな事ばかりが頭の中を渦巻いた。仮にも、わたしとあんたは姫と王子で、カップルっつーか許婚っつーか、役の中の話なんだけどね。
「脚本を書きました、平野です」
劇の練習は昼休みに行われた。
まず一回目、平野さんという2組の女の子からの演技指導やら脚本の説明やら、頭がパンクしそうなほどに覚える事が沢山だと知った。まず劇場のカーテンが開くところから、起承転結まで、それはもう付箋で脚本がビラビラづくしになりそうなくらいに。よく平野さんはそんな事を細かく覚えていられるなと思う。わたしみたいな中途半端な姫が主役で満足しているんだろうか。配役はやっぱり、脚本を書いた人が選ぶべきなんじゃないだろうか
「陽奈ちゃんって呼んでもいいかな」
「…あ、ごめん!」
「ううん、大丈夫?」
平野さんは休憩の合い間にわたしに声をかけてきてくれた。優しいいい子なんだな、という第一印象が芽生える。平野さんはふわふわのボブで、女の子らしくて、むしろわたしなんかより姫に相応しいんじゃないかって思う。だってこんなに気づかいもできるし
「陽奈でいいよ、わたしも下の名前で呼んでいい?」
「さゆだよ」
「さゆね。あ、わたしあんまし演技とか上手くなくてごめんね。いっぱい迷惑かけると思うけどよろしく」
「あたしの方がいっぱい迷惑かけるよぉ」
あはは、と笑ったさゆは可愛かった。前髪をななめにピンで止めてて、なんていえばいいのか、大人しい感じがしたけど、話してみると明るくてちょっと天然っぽい子だった。わたしとはちょっと合わないかな、同時にそんなことも考えてしまった
昼休みのほんの40分の時間の中で、まず、わたしはお城から出られない姫だということ。年齢は17歳、わたしと同い年。外の世界に憧れる少女、甘いものが大好き、趣味は刺繍。もともと姫には弟がいたのだけど、早くに病気で亡くなってしまって、姫の父と母はそれがトラウマになっているということ。
そして、ある日お城を訪ねた王子様に出会う。
きっかけこそベタなものの、それくらいが丁度いいのだとさゆは言った。
外の世界のいろいろなことを教えてくれる王子様に惹かれていく姫、儚げな姫に惹かれていく王子、そして2人は一度だけキスをする…、結局キスするのか、やっぱり。
「キスしちゃうんだー」
「へっ」
「深い意味はなくね、」
「あ…うん。ごめんね、キスとか」
昼休み、掃除場へさゆと2人で向かった。わたしとさゆの掃除場は結構近かったのだ
「いや、キスなんて本当にはしないでしょ?」
「え…?あ、そ、そうだよね?そっか、あたしてっきり…」
「すると思ってた?わたしと犬山くんが」
「あ…うん…。」
さゆは頬を赤く染めた。キスは劇であってもするものだと勘違いしていたらしい。素直な子だと思っていたけど、こんなところにも反映されるものなんだな、と。わたしと犬山くんがキスなんてありえない、ていうか配役決まってから一回も喋ってないよ
そこで、さゆが目をきょろきょろさせながら頬に手をあてているのに気づいた。キス、という単語にさえ抵抗があるくらい純情なのか、または
「…さゆさぁ」
「ひゃ、うん?!」
わたしの背より少し低いさゆの手に触れてみる。やっぱりちょっと暖かかった
「犬山くんのこと、すきなの?」
突然すぎたかもしれない、とそのとき思った。やっぱり雰囲気とか大事にした方が良かったのか、キスからの好きはまずかったのか
「え…っと、あはは」
(否定も肯定もしないということは)
妙に掃除場への道のりが遠かった気がした
色々めんどうくさい
(馬鹿な、こんなはずじゃなかった)
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