強奪




「それで、」

だから彼の想いもわたしの痛みも全部廻って廻って廻って、
一回転して優しいものになればいいなと思った。
そこに本来のかたちなんて伴わなくていい。ただこの無意味で理不尽な関係が終わりを迎えて、思い出になってくれるならそれでいいんだ。
彼もそれを望んでいるから、きっと



「あいつまた浮気してたんだってさ」


ああそう、と一人言みたいな返事をしてなにも考えないようにメロンソーダを飲み込む。ごく、と鳴る喉がわたしの心臓の鼓動の音かと思ってしまうくらい、そのときわたしの心臓は跳ね上がる。
泰輝の、彼女さんのお話だ。


「信じらんねーよもう、これで三回目」

生徒のいなくなった教室に彼と二人きりで残っていた。窓際のわたしの机をはさんで向かい、イスの背もたれに腕とあごを乗せた状態でわたしと向き合っている彼。

夕方がだんだん夜にかわる時間、空は暗くなってきて、遠くの方の太陽がうすくオレンジの層を作り、その上には紺色のグラデーションが広がる。教室は、ほとんど赤と黒で染まっていた。

「なあ、なんで浮気すんだろうな。俺に飽きたのかなー」

「泰輝に飽きたならとっくのとうにふってるよ」

「そうだよな、ふらないんだよな」


なんで?そりゃもちろん、彼女はあなたのことキープしておきたいからだよ。なんてわたしは言えないけど、

「じゃあふってあげれば?」

なんてバッサリ言うと、彼は、はは、と乾いた笑いを漏らすだけで。

「それができたらお前に相談しないからさ」

諦めてしまってる。彼女から離れることも、彼女を嫌いになることも。彼は、諦めてくれない。どうして。どうして?
だって彼女のこと心底すきだから。
彼にとって浮気されるより、お別れされるほうがずっと辛いから。

ああ、すてきね、そんなに夢中になれる相手がいて。でもね、報われないの。
まるで彼はわたしの鏡写しだ。

「じゃあ、浮気してくれる彼女さんに感謝しなきゃね。わたしと泰輝が仲良しになるきっかけをくれてありがとーって」

皮肉たっぷりに言い放ってメロンソーダを飲み干したら、心臓が冷たく穏やかになっていることに気づいた。さっきとは正反対に、見事に落ち着きを取り戻して、何も悟られまいと息を殺している。

彼がすきだと。愛しているのだと。
彼女の話はききあきた。わたしを見て。気付いて。お願いだからそんな悲しい顔をしないで。ねえ、お願いだから。

悲鳴みたいなこの想いが、熱を持ってあふれでてしまわないように、必死に押さえつける心臓の音。慣れてしまったはずなのに、気付いてしまえばまた痛みだす。

「そういう馬鹿なこと言わねーの」


悲しそうな目で笑って言う泰輝。
そしていつものように、わたしに手を伸ばして、頬に触れて、わたしの唇にキスをする。

一度キスをしているときに彼の顔を盗み見たとき、それはとても穏やかな表情ではなかった。
今にも泣いてしまいそうな、触れたら壊れてしまいそうなもので。

だからキスをするときに目を閉じると今もそこに、彼のそんな顔があるんじゃないかと思ってしまう。

「...メロンソーダの味」


ゆっくりと離れて、嬉しそうな顔で言う彼。馬鹿。と小声で言ってみるけど笑われて。

キスから先はしたことがない、そのキスも彼からしかしたことはない。
最初は期待なんてものもあったけれど、わたしを女の子として見てくれたことは、きっと一度もない。「自分の甘えに付き合ってくれる優しい相談相手」としか彼は思ってないから。


きっとこの先もずっとこのまま、無意味で理不尽、それでいて暖かくも冷たくもないこの関係が続くのならば、ただあなたの側であなたに触れられるのならば、それもいいなと思ってしまうけど、
わたしはやっぱり、あなたに恋をしてしまっていて、それはもう痛いくらいにあなたが好きなわけで。


「... もう一回」


彼は驚いた顔をしてそれからすぐに悲しそうに笑った。その大きな手のひらでわたしを引き寄せる。目を閉じて心のなかで祈るように、





(このキスで何かが、変わりますように)


勇気出すよ、とめられないから
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