先手
「いいよ、いらない」
そう言ってそいつの手を振り払ったら、そいつは握っていた缶コーヒーをてっきり私が飲むものだと思っていたのか、もうプルタブが開いていて、そいつの服に飛び散った。ったく。苛々はつのるばかりで、こいつといるとやっぱりロクなことがない。仕方なくハンカチを差し出した
「ありがとう」
そう言って焦った顔をしながら服のコーヒーを叩いて落とそうとしている奴の顔が気に食わなくて、聞こえるように大きく溜息をついて足を組んだ。
せっかくたまにの休日を割いて、こいつのために公園に来てやったのはいいものの、時刻はもう5時半過ぎ。こんなところにこんな時間に私を呼び出してどうするというのだ。
2人ともベンチに座り、何も話さないまま無駄な時間が4分程過ぎたあたりで、そいつは立ち上がり「飲み物買ってくる」、ときたらこれだ。
「用事は」
コーヒーを拭き終わり、改めて2人ともベンチに座ったところで切り出した。幼稚園児くらいの子供たちが親に誘われてバイバイを言っているのが目に入る。カラスが鳴いたら帰ろうか、だって。可愛いこというけどカラスなんていつだって鳴いてるものよ。
時刻は5時39分。そうだね、子供はもうおうちに帰る時間だ。
夕焼けとカラスと家路に着く子供たち、セットで眺めていたら切ない気持ちになった。
「ごめん、急に呼び出して」
「別に。暇だったし」
子供たちが私達に向かって手をふってくる。女の子が2人、肩を寄せ合ってくすくす何かを話しながらこっちをちら見。ら、ぶ、ら、ぶ、だ、ねえ、なんて口が動いていた。
まさか。これのどこがらぶらぶよ。ただ男と女がベンチに座ってるだけじゃない
「あのさ」
一言一言かみ締めるように言う、そいつ。
砂場で遊んでいた子供達が次々帰っていく。どんどん見渡せるようになっていく公園内。砂場にはもう誰もいない。遊具にもいない。水道の前にもいない。わたしたちしか、いない
「よかったらだけど」
あまりにもその「用事」を簡潔に述べないものだから、わざとつまんなさそうに足をぶらぶらさせてみたり、大きい時計をながめてみたり
「次の日曜」
そいつは多分、今すっごくどきどきしているんだろうけど
もううざったらしいなって思って、ベンチから立ち上がった
「あのさあ」
そいつがはじかれたように私を見上げた
「あたし次の日曜暇なんだけど、どっか連れてってよ」
先手必勝
(とっとと言え!)
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