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三十分程してから、蒼が失せ物屋に到着した。
瑠衣がいる理由を桃麻がかいつまんで説明する。
それを聞いた蒼は、静かに溜め息を吐いていた。陽介に対しての呆れだ。

「ごめん、蒼」

「茅野さんが謝る必要はない。村雨さんの沸点が低いだけだ」

冷静な蒼は激怒することは少ないのだろうなと思う。
悠に対してだけは感情を出すようなので、皆無とは言い切れないが。

「では、今回の依頼ですが。探してほしいのは、依頼人の初恋の方です」

「初恋の人?」

老婆の初恋相手で考えられるのは、彼女と同い年か年上か。年齢が近い老人となる。
しかし、桃麻は否と答えた。

「相手の方はもう亡くなっています」

「えっ!?どうやって探すの?ってか探せるの?」

好奇心でやりたいと言ってしまったが、予想外の展開に、一気に不安に襲われた。
これで本当に怪我なく終われるのだろうか。
陽介が瑠衣を止めた理由がわかった気がした。

「魂魄を探すのではなく、『気』を探すだけなので、意外と簡単ですよ」

「『気』?え?ん?」

簡単と笑顔を浮かべる桃麻に対して、瑠衣はひたすら頭にハテナマークを浮かべていた。
蒼に助けを求めるように視線を向ければ、納得した顔をしている。
こっちはサッパリなのに。

「要は、相手の方の思い入れが強い場所に行って、『気』を回収すればいい」

「そうです」

「え?どうやって回収するの?ってか、できんの?」

できるから依頼を引き受けたのだろうが、瑠衣には未知の領域過ぎて理解が追い付かない。
理解できるのかも謎だ。

「そこは瑠衣の出番です」

「茅野さんの?」

「え?俺?なんも力ないけど?」

突然役割を振られ、更にハテナマークが増える。
自分はただ同行して蒼の邪魔にならないように見て帰ってくるだけだと思っていた。

「『器』の力を借ります」

「え……」

不安そうな表情を浮かべ、ぎゅっと胸元を掴む瑠衣に、大丈夫ですと穏やかな声音で宥める。
桃麻は手のひらを広げ、キラキラと輝いたダイヤモンドの形をした力の結晶を出現させた。
それを瑠衣の胸のなかへ押し込める。代わりと言うように、虹色の蝶がひらひらと彼の中から舞い上がった。

「な、に……?」

視界が歪んだ。
目眩に似た感覚に、堪らず椅子に座って気持ち悪さを遣り過ごす。
身体中にだるさが駆け巡り、力が抜ける。まるで高熱を出したときのようなそれだ。

「俺の力が馴染むまで、少し時間がかかります。その間に、少し説明をさせてください」

今、瑠衣の力を抜いた代わりに桃麻の力を注いだ。
瑠衣の力は桃麻の力添えの元、蝶の形を取ることで他人に持っていかれないよう守られている。
体の中に入った桃麻の力は、器の容量を空ける細工が施されている。彼の力で補われているが、本来の力よりも満たされていない状態にある。

「その空いたスペースに、相手の方の『気』を入れてほしいんです」

「俺、そんなやり方知らない」

「大丈夫です。自然とそうなるようになってますから」

「マジで……」

突然のタイミングで見知らぬ者の『気』が中に入ってくる。考えただけで恐ろしい。
そもそも、『力』と『気』の違いはなんなのか。
説明を聞いたとしても、瑠衣の体への影響は変わらないのだが。

「蒼は瑠衣を支えてあげてください」

「……わかった」

自分よりも陽介が適任だと口にしようとしたが、ここに彼がいない発端を思い出し言葉を飲み込んだ。
場所を桃麻に聞いた二人は、外へ向かった。


………………


平日の午前中。
道行く人は子ども連れの母親か営業のサラリーマンくらいだった。
皆、仕事や学校で建物の中にいる。
かく言う自分たちも絶賛仕事中なのだが。

「天気がいいねー」

「ああ」

考えてみれば、蒼と二人きりになる機会など滅多にない。
大抵は陽介か悠が一緒にいる。
悠以外の人間の前では冷静沈着、無表情が基本な蒼と、何を話していいのか少々戸惑う。そもそも、彼に話をする気があるのかが不明だ。
仕事とプライベートを分けそうなイメージだ。

「蒼って、なんで働いてんの?」

「は……?」

胡乱げな眼差しを向ける蒼。
初めて表情が変わった気がする。しかし、良い印象を持たなかったので、言い方を変えてみる。

「なんでここを選んだのかってこと。店なら他にもあるだろ。やっぱ、『呼ばれた』?」

瑠衣が聞きたい内容を理解した彼は、いつもの無表情で答えた。

「人からの紹介だ。ここがあっているからと」

「そっか。蒼は自分で選んだんだな」

「……茅野さんは、違うのか?」

瑠衣の声のトーンに違和感を覚えて、慎重に尋ねてみた。
踏み込んでいい領域なのか、測りあぐねている。

「俺は、呼ばれた気がしたんだよね。悠ちゃんも同じようなこと言ってたけど」

「……あぁ」

悠がblossomに来た理由は知っている。
以前、本人が教えてくれた。
瑠衣も同じようなことならば、それは『必然』なのだろう。

「別に今の生活が嫌な訳じゃないんだけど、……いつまで続くのかなぁってちょっと思ってさ」

「茅野さんは、生きづらいのか?」

「うーん、前よりは、楽になったかなぁ。桃麻さんや椿ちゃんのお陰でね」

「あの二人のような存在が現れれば、変化するのでは?」

桃麻や椿のような、強い力を持った者。
それは陽介ではないんだろうなと思い、胸がチクリと痛んだ。
そんな痛みに気付かないフリをして、言葉を紡ぐ。

「力の強い人って、そんなにいるの?」

「どの程度の力が強いと言うのかはわからないが、あの二人ほどの力は稀だ」

「……だよねぇ」

失せ物屋でのことを思い出せば、桃麻の凄さがわかる。
そこで働いている二人は、瑠衣が知る以上の力を感じているのだろう。

「蒼って俺より強い?」

「まぁ。茅野さんよりは」

「アイツは?」

「茅野さんよりは」

「蒼とどっち強いの?」

今まですんなりと答えていた蒼の言葉が止まる。
うーんと真剣に考えてから、苦しそうに回答を吐き出す。

「力量、と言うならば五分五分……だと思う。けれど、扱うのは俺だろう。実践では、村雨さんのほうが強い」

「………………なんか、複雑だな」

彼が考え込んだ理由がわかった気がした。
それと同時に、普段の失せ物探しがどのような内容なのか謎が深くなった。
話だけならば聞いてみたい。

「知識は俺のほうがある。それは自負している。けれど村雨さんは知識が低い今でも、ある程度の力を持っている。……知識を得れば、格段に上がると俺は思う」

けれど、当の本人にその意思はない。
元々勉学が嫌いなタイプだ。
自分が望まなければ絶対にしないだろう。

「そういうのも必要なんだ?」

「時には。けど、村雨さんは全て俺に投げるから、結果的に俺が全部やる」

「蒼はそれでいいの?」

「知識を得たいと思っているから、問題ない」

お互いの利害が一致しているため、口論になることもない。
ある意味ではバランスが取れているのかもしれない。
性格的な面ではアンバランスだと思うが。

「たまに何も考えないで行動するときがある。そこから面倒事に巻き込まれる。……少し、腹立たしい」

「蒼もそう思うことあるんだ」

意外だ。
感情を全て流していると思っていたから。
考えてみれば、蒼は自分たちよりも年下だ。感情のコントロールが難しい場面もあるだろう。
陽介でさえも、コントロールできていないのだから。

「うまく流すようになる術も必要なこと。村雨さんはそれの練習台、なんだろうな」

「俺なら無理」

「見ていたらわかる。でも、村雨さんは本気で茅野さんを傷つけたい訳ではないこともわかる」

「マジで?」

「茅野さん、気づいてなかったのか?」

「あ、いや、違う……そこじゃなくて……」

「……端から見てわかる、というところ?」

「う、ん……」

「わかる。村雨さん、わかりやすいと思うが」

「そっか、……あのバカ、」

くだらないことでの口喧嘩も楽しいと感じるのは、陽介に悪意がないから。
それは瑠衣も感じていた。だから、自分も同じ波長で返せるのだ。
しかし、それが周りにも知られているということが、とても恥ずかしい。

「仕事で一緒にいる俺だからわかる、というのもある。村雨さんも、そこまで馬鹿正直ではない」

「そ、っか……。なら、いいんだけど」

「……茅野さんも、充分わかりやすい」

「えっ、ウソ!?」

恥ずかしそうに俯く瑠衣。
陽介の話をするときの雰囲気が変わることを、本人は気付いていないのだろう。
そんな素直な反応を示す瑠衣だから、陽介は惹かれたのかもしれない。

「茅野さん、このバスだ」

「えっと……あと十分くらいだね。もう少し待とっか」

天気がいいので、少しくらい待つのも気持ちがいい。
彼らの他に杖をついた老婆がバス停のベンチに腰かけている。
バスが到着して、老婆に先を譲る。
ありがとう、と皺を深くさせて頭を下げる彼女に、いえいえと笑顔で返し乗り込んだ。



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