逃がさない私の可愛い人







「…ここも、久しぶりね」
「あんたちぇんちぇいのなんなのよさ」
「あなたがピノコちゃん?」
「アッチョンブリケ!なんであたちの名前知ってんのぉ!?」
「ふふ。噂は聞いてるわ。でもまさか、こんなに小さな子だったなんて…」
「これでもピノコ、十八歳なのよさ!」
「あら…ごめんなさい、ふふふ」
「…あんた、十和子って言うんれしょ?ちぇんちぇいが手術中何度も何度もうなされるように呼んでたのよさ」
「………」
「ちぇんちぇいの、こいびとなの…?」





「……そうだったら、良かったのになぁ」











暫く私は久しぶりの家のソファで横になっていた。その間十和子の看病はピノコに任せてある。ここで寝ていれば十和子が逃げ出してもすぐに気付くことができる。まぁ大丈夫だろうと軽く目を閉じた。










「十和子は、ちぇんちぇいのことが好きなの?」
「…昔ね」
「じゃあ昔ちぇんちぇいとこいびとだったのよさ!」
「ハズレ。私の片想い」
「かたおもい?」
「好きだったんだけど、告白もしないで逃げちゃった」
「フラレるのがこわいから?」
「…そうかもね」




ピノコちゃんと話しをしていて、私の心は少し穏やかだった。昔のことをいろいろ根掘り刃折り聞かれてたけど、不思議と嫌じゃなかった。まるで自分の娘に昔話をしているような、それでいて、この気持ちを誰かに聞いてもらいたかったような。そんな気がした。




「じゃあもうちぇんちぇいのこと好きじゃないわけぇ?」
「……どうかな」
「十和子、絶対好きなのよさ!」



私を指差してはっきり言うピノコちゃん。その迫力に圧倒されながら、私は息を飲む。ピノコちゃんが続けて、でもちぇんちぇいはあたちのものなんやから、と小さく呟いた。そうか、この子も、ピノコちゃんも先生のこと好きなんだ。私に奪られるんじゃないかって、心配してたんだろうな。



私はそっとピノコちゃんの頭を撫でた。意外にもふわふわなその髪は、あの頃の先生の優しさに良く似ていた。




「十和子、泣かないで」
「っ…!」
「泣いたら、ダメなのよさ」
「私……」



いつの間に、私は泣いていたのだろうか。ピノコちゃんに言われるまで気付かなかった。目の前で、もらい泣きし始めたピノコちゃんを見て、ごしごしと目を擦る。ごめん、なんで泣いてるのかわからないけど、ピノコちゃんを泣かせたいわけじゃないの。ごめんね。


「ピノコちゃんは優しいね」
「優しくないのよさ…十和子にちぇんちぇい奪られたくなくて、本当は、イジワルするつもりらったんやからぁ…」
「…私、子供が死んじゃったの」
「ほぇ?」
「お腹にいた子がね、死んじゃった」
「…かわいそーなのよさ」
「でも、ピノコちゃんとお話してたら自分の子供と話してるみたいで、なんだか、嬉しかった」
「……」
「私、生まれつき心臓が弱くて、子供産んでも生きて無かったかもしれないの。無事に赤ちゃん産んでも、その子と話せなかったかもしれない」



だから、嬉しい。本当に、嬉しい。どうしてこんなにも、ピノコちゃんを自分の子供のように思えるのかなんて、きっと一つしかない。昔の私と同じ、先生を好きなところが一緒だから。


私は急に眠気に襲われた。麻酔がまだ残ってるんだと思う。ごめんねピノコちゃん、こんな話した後で悪いんだけど、少し眠いから眠るね。


そう言って、ピノコちゃんの返事を最後に私は夢の中へ落ちた。

















私が起きた頃には、ピノコが台所に立って飯を作っていた。もう陽が暮れている。眠りについたのは夜中まだ陽が昇らない頃だ。結構眠ったもんだと口を大きく開けて伸びをした。



様子を見に十和子の居る部屋を覗くと、布団を上下に揺らしながら十和子は静かに眠っていた。私はそれだけ確認すると台所へ。




「ピノコ。すまんな任せきりにして」
「別に良いのよさ。らってちぇんちぇいのおくさんなんやから」



つんとした様子でフライパンを揺らすピノコに、苦笑しながら水を取り出して口に含む。どうせまたあのシェルターに戻るのだし、良いかと思いピノコのご機嫌取りはしない。


暫く会話は無いものだと思っていたら、ピノコが元気の無い声で話しかけてきた。



「…今まで十和子と一緒にいたんれしょ」
「………」
「知ってるんやからね」
「…彼女に聞いたのか」
「聞いたってはぐらかすだけなのよさ」




しまった、うっかり墓穴を掘ってしまった。




「十和子と話してて、なんとなく分かったのよさ」
「…そうか」
「あたちというおくさんがいながら、浮気なんて許さないのよさ!」



いつものやつが始まって、思わず眉を垂れ下げてため息を吐いた。こうなったら静まらない。ヒートアップしてくるとフライパンやらおたまやら包丁やら投げてくるから大変だ。


…しかし今日のピノコはおかしかった。



「れも」
「?」
「れも、十和子がピノコのおかあさんらったら…」
「…ピノコ?」
「ちぇんちぇい譲ってあげなくもないのよさ…」




ピノコはそれだけ言って自分の部屋に戻って行った。ピノコと十和子の間に何があったかは知らんが、話はそこまで進んでいるのかと、私は思った。


ピノコの了承などなくともハナから十和子は私のものだ。…私は、十和子のものだ。それはもう揺るがすことのない事実。




「…しかしピノコも手懐けるとはな。さすが私の愛した女だ」




あとは、あいつの存在を十和子の中から消すことだけだ。






20100224

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