泣いても無駄だ






目覚めたのは私が十和子を見つけてから15時間後のことだった。




「起きたか」
「あ…あれ…?」
「お前さん、良く眠っていたぞ」
「良く、眠っていた…?」




気がついた十和子は虚ろな目をきょろきょろさせて周りを見回した。頭がまだ覚醒していないのだろう。重たげに体を起こして、額に手をあてる。


十和子は死ぬつもりだったようだが、そうはさせない。私がいる限り、そんなことは絶対にさせるものか。



死ぬ寸前だった十和子を見つけて、すぐさま応急処置を取った。簡単だ、点滴を打てばいい。十和子の症状は飲まず食わずで過ごしてきたことによる栄養失調だ。栄養を送ればすぐによくなる。


意識があるときは自分で栄養を取っていたほうが良い。どうせ点滴を打つと言ったとことで了承するとも思えんし、点滴の話はしなかった。だが意識がないのなら話は別だ。十和子に栄養を与え、起きるのを待った。すぐに回復するだろうが念のためにと、十和子の服を緩めたとき。



「…なんだ、この心音は!?」



おかしかった。正常の速さではない。


すぐさま点滴をやめて、もともとシェルターに設備していた医療器具で体を探ると、あることがわかった。



心房中隔欠損。



こんなになるまで、なぜ医者はなにもしなかったのか!



十和子の心房中隔欠損はおそらく先天性のものだ。簡単にしか調べてはいないが、短絡量は50%をゆうに超えている。このままでは肺高血圧を起こしかねないのだ。


度重なる拒食と、心房中隔欠損。点滴などでは到底済むまい。



一旦十和子を家に連れて、すぐさまオペの準備をする。帰ってくるなり血相変えて女を抱えていた私に対し、ピノコは浮気かと怒鳴っていた。









オペは成功に終わった。十和子は私のベッドに横になってすやすやと寝ている。ピノコには先に嘘の説明をしておいて、私も仮眠をとることにした。



それから冒頭に至る。十和子は、どうして生きているのかわからないような、しかし生きていてほっとしているような、どうとも言えない表情をしていた。


しかし、泣きそうな顔であることは事実だ。私はそんな十和子に、死ぬことは絶対に許さんと囁いた。


絶望的な顔。十和子の顔には、なにひとつ希望などという輝かしいものは見えなかった。



お前さんも狂ってしまえばいいのだ。私のように、もうなにも考えなければいいのだ。私はお前さんを愛している。その愛に応えるように、お前さんも狂って何も考えられないほど私を愛せばいい。



「なんで…助けたの…」
「私がお前さんを愛しているからだ」
「私は死にたかった…!」
「そんなこと私が許すとでも思っているのか?」



十和子は、ぐ、と唇をかみしめた。泣くのを我慢しているが、目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。



「なぜ泣く」
「先生が、酷いから、」
「…私が酷いなら、お前さんは醜悪だ」



逃れられない鎖を、お前さんに嵌めてやる。



泣いても無駄だ。


今日も明日も明後日も、永遠に変わらない日々を過ごそう、十和子…。





20100126

心房中隔欠損の症状やオペ時間、その他の知識に乏しく、正しく書かれている訳ではありません。決して作品中の全てを鵜呑みにしないで下さい。また、知識のある方は、間違っている部分など的確に指摘して頂けると嬉しいです。
戻る
リゼ