愛してる愛してる愛してる





私の体はずたずただった。もとから心臓が強い方ではなく、妊娠は出来ないものと医師に言われてた。


子供も諦めて、ハードな職業に就くことも無理で。住み込みでできるだけ平穏に働いていける仕事を探していた時。ブラックジャックという男の話を知って、興味が沸いた。無免許にも関わらず、たくさんの命を救う彼に、私の夢を見い出した。


私も、誰かの為に役立つ人になりたい。


初めは助手になることを志願した。まだ知識も乏しくて、そうそうなれるものでもないと思っていたけれど、なんやかんやで承諾してくれた先生のお世話から始まり、独学で応急処置や薬品の種類を必死で覚えてて。


だけど気付けば私は、誰かの為に役立つ人になりたいという夢が、先生の為に役立つ人になりたいと思うようになった。単純に、先生を好きだったんだ。相変わらず私は使えない人材だったけど。


好きだった。先生しか見えなくて、夜中、先生の部屋に入って寝てる先生にキスをしたことが一度。本当に一度だけ。


その翌日に、先生が診ていた患者がいきなり異常を起こし、すぐさま手術となった。私にとって初めての手術室。





私には、耐えられなかった。




小さなメスで切り裂いていく肌に肉に…。大量の出血、卑劣な音。心臓に痛みが走った。見たくないのに、溜まる前に血を吸い取らなくてはいけないし、先生が頑張ってるのに倒れてはいけなくて、最後まで足の力を抜くことはなかった。


手術は成功に終わり、患者さんは元気に帰って行った。私は手術を経て無理だと思ったんだ。先生の力にはなれない。きっと今回みたいな患者さんはいっぱい居る。私は毎回倒れないなんて限らない。いつか私が先生の患者さんになりそうで…。



嫌だった。それならと、先生のもとを去り、一つの恋に終止符を打った。



そして同時に、ある事実が確定した。



妊娠。



先生のもとを去る前、躍起になっていたんだと思う。偶然なのか必然なのか、町で久しぶりに会った一樹とご飯を食べて、体を重ねた。一樹は昔から私を好きだと言ってくれた。私には先生のことが忘れられなかったけど、いつまでも待ってくれると言った。



子供を産んだら、死ぬかもしれない。おろすべきかとも悩み、一樹はそのたびに一緒に悩んで私の気持ちと体を尊重してくれた。一樹なら、私を愛してくれた一樹なら、私の子供も愛してくれる。きっと。



私は、産むことを決意して、一樹との結婚を承諾した。



もうすぐ、産まれる頃だというのに…。




「っ…!は、はぁ…は」



心臓が痛い。今まで先生の前で気付かれないように、泣いて紛らわせてきた。先生の居ない今、ただ痛みを堪えるしかない。


こんな再会望んでなかった。私の描く先生との再会はもっと、もっと綺麗で断続的で、淡白で。あぁ、先生を好きだったことも今や良い思い出だったなと…。



そう思い昔に耽りながら果たしたかった。



「っ、ひっ…は、はぁ…一樹…一樹!かず、き……!」



苦しいのは病気のせいだろうか。上手く呼吸ができないのは、先生に与えられた衝撃によるものなのだろうか。吐きたくても吐けないのは、吐くものがないからなのだろうか。ご飯を食べたいと思わないのは、一樹に会えないなら死にたいと、



本当ニソウ思ッテイルカラナノダロウカ。



「ふ、うぅぅ…あぁっ…」



苦しい、痛い、声が擦れて、嗚咽が止まらない。私の気持ちはいつだって、抑えつけて生きてきた。


子供が欲しいのは嘘じゃない。でもそれは、愛する人の子供…。


今胸が痛いのは、心臓病によるものなのも嘘じゃない。単純なセックスさえも、私には危うい。


このまま死んでしまってもいいと思うのも嘘じゃない。赤ちゃんも失い、一樹以外の男と体を重ね――…。一樹に会わせる顔がない。



だけど苦しいのは?



本当に病気のせいなの?



そんなわけないのに。



「せん、せ……は、ぅう…せんせ、せんせい!せんっ…せ……」




出会いたくなかった。



まだ、出会いたくなかった。



私、先生のこと、忘れられてなかったのに。



一樹との結婚を選んでも、子供の代わりに私が死ぬことを決意しても、心の奥底では先生の姿があった。大好きな、先生のことを忘れられなかった。もっと行きたいと思ってた。



先生が、大好きだから。



先生と体を重ねても、幻覚を見てる芝居までして自分を抑えた。先生に愛されてると自惚れてしまうと、先生しか見えなくなる。一樹のことを…忘れてしまいそうで。



だから、一樹を思って、大好きな先生の手で死のうと思った。




「うあぁぁぁっ…あ、ぅ…っ、ひっ…は…好き…、好きなのっ…せんせ…っ、好きっ好きっ…大好きっ…!!」




こんなことは、先生には言えないから。一樹への懺悔と、赤ちゃんと、この気持ちを連れて、




「っ――…」




私は、地獄へ堕ちる。





あぁ、段々意識がなくなってきた。最後に一樹じゃなく、先生の顔が見たいと思ったのは、初めての本心だった。



20100116
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