あんな男のどこがいい!
捕まえた獲物は逃がさないのが常識だろう。私は脅しや力でねじ伏せるような汚いマネはしない。欲しいものは用意してやるし、食べたいものも食べさせてやる。そのうえで逃げる気も起きないほどに私にもたれればいい。私無しでは生きていけないように、調教してやる。
―軟禁してから、三日が経った。
十和子は何も口にしていない。牢の端で足を抱えてうずくまり、会話も無くなった。目は虚ろ、体は衰弱していて、このままでは不整脈を起こしかねない。いや、それより先に脳に栄養が渡らず、暴れ出して自身を傷つけるかもしれん。
無理にでも、一日一食でも食べてはくれないだろうか。
「十和子、十和子」
「…――、…」
「十和子。私の声が聞こえるか?十和子」
「―………―」
「十和子…?」
「…、ぁ…―ぃ」
「!十和子!!こっちへ来るんだ。十和子!!十和子!!」
聞こえていない。否、聞いちゃいない。十和子はこのまま、死のうとしている。さっきからぶつぶつと何かを言っていて、気にはしなかったが…彼女は未だ諦めていなかったのか、彼の名前を呼んでいた。あいつに会えないくらいなら、死のうって言うのか…!?許さん。そんなことは断じて許さんぞ!
牢の鍵を開けて十和子に近寄ると、一瞬びくっとしたが目の焦点を合わせることなく虚ろなまま俺の姿を無いものにした。無視とはまた違う、孤独感が襲う。
「十和子、しっかりしろ」
頬を二,三叩いても、顔が俺を向いていても、見ているのかいないのか。
「か…、―ぃ」
「十和子、私を見ろ」
「か―ぅ……き」
「十和子!!」
「かず、き…かずき…」
「っ…!!!」
パァンッ!!!
「!……―っ…」
思わず、だったのだろうか。十和子の頬を叩いた。加減も出来ずに、思いきり…。十和子は叩かれた頬に手を添えて、床を見ながら小さく泣いた。声もあげず、肩を揺らしてただ涙を流した。
何をしているんだ私は。ただ飯を食べて欲しかっただけだろう。それなのに、十和子が奴の名を呼んで、私を見ようとしないから。
泣き続ける十和子を見ても、謝る気にはならなかった。心が、冷えるようだ。もう飯を食べて欲しいとも思っていない。
「かずき…かずき…かずき…」
「………」
こんな目にあっても、助けてくれるはずもない男の名前を呼んで、ただひたすらに泣いている。そんな彼女の痛い姿を上から見下ろしていると、征服欲に駆られてしまう。
手をあげるつもりはなかったんだがな。あまりにも十和子が、往生際が悪いから。
十和子のせいにして、私一人、牢を出て部屋からも出ていく。
今はあの場に居たくは無かった。
外に出て壁に拳を振るう。何度も何度も、壁を相手に殴り続けた。怒りが沸き上がる。共に焦燥感が吹いて、劣等感がつきまとう。
「っくそ!!」
けれどそれ以前に、
悲しかった。
寂しかった。
「俺は…っ……」
泣きたかった。その場に座りこんで、肩を落として。けれどここで泣いてしまえば、自分のしたことを否定してしまう。今の状況を自分の中で正当化していないと、私はもたない。それこそ逆に、私が自殺してしまうかもしれない。
「十和子……好きだ。愛してる、愛してる、愛し、て……」
伝わらない。そんなにそいつが良いのか。そんなになるほど、そいつを愛しているというのか。
「俺はだだをこねているだけなのか」
愛して欲しいのは、いけないことなのか。
20100102
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