愛の矢印 4

「――なぁ、あの噂聞いたか?」

「え、何?」

「組頭、忍術学園に通い詰めているらしい」

「へぇ、何だろうね……。スカウトでもするのかな?」


忍術学園に……?


「五条は何か知ってる?」


椎楽が振り返りながら私に声を掛けた。反屋も横目で私を見る。


「いや、知らなかった」


体の距離は一番近くにあるというのに。

――組頭のこと、私は何も知らない。







***








木の枝に座りながら、雲がいつもより低いところでゆっくりと流れるのを見た。塀の向こう側で忍術学園の子ども達が校庭でバレーボールをして遊んでいる。

今日は休日を頂いて忍術学園に足を運んだ。

組頭が変わった理由を知りたかった。

……果たして、ここに答えがあるのだろうか?

その時、素早く塀を飛び越えて侵入する黒い影が見えた。

――……組、頭?

慎重にその場所に近付く。
白い塀に背を預けるようにして立つと、はしゃぐ子ども達の声に混ざって組頭の声が聞こえた。

心臓が高鳴る。


「はい、これお土産」

「わぁ〜ありがとうございます。ちょっと粉もんさん」

「雑渡昆奈門だよ。どういたしまして」

「あ、こんにちは雑渡さん」


声変わりを終えた青年の声が組頭の名を呼んだ時、ピンときた。

この子だ。


「……包帯の巻き方が雑ですよ。巻き直しますから」

「ありがとう、伊作くん」


いさく……、伊作。

組頭が愛おしそうに呼んだ彼の名前が、頭の中を駆け巡る。

塀から静かに背を離し、最初に登った木に戻った。

じわりと視界が曇る。誰が見ているわけではないが、右手で己の目を覆い隠した。

愛されていたのは私ではなかった。

思い上がっていた自分自身を嘲笑う。

一刻程経ってから、組頭が再び門を越えたのが見えた。

保健室が良く見える位置に移動した。

トイレットペーパーを抱えながら保健室から出てきた彼を見る。

少し明るい茶色の髪を左右に揺らしながら歩いていた。

――嗚呼、そうか。

彼の目を見た瞬間に、私は全て納得した。

眼が私と良く似ている。

組頭は私を抱いていた時に、私越しに彼を見ていた。

呼吸をすると胸が苦しい。息を吐く時に少し震えて涙の雫がぱたりと落ちて、着物に跡を付けた。

彼が、私の存在価値を高めた。

私が組頭から愛を受けることができるのは、全て伊作くんの……。

彼の後ろ姿を眺めながら、複雑に絡まった感情をひとつずつゆっくりと飲み込んだ。

君がいなければ、組頭の愛が私に向けられることなど永遠になかった。

ありがとう伊作くん。

組頭が君を愛するならば、私も君を愛そう。

――骨の髄まで、君を愛そう。









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あとがきという名の言い訳

かわいそうな五条さんがとても好きです。
やっぱり好きです。
伊作さんちょっとしか出せなかった……。
次は!次こそは!!
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