それだけではないの
毎晩二人で静かなときを過ごしながら目を開けて何かぼやっとしたものを見ながら楽しく過ごしていました。
ぼやっとしたものは文次郎さんで、影が少ししっかりと見えるようになったのは気のせいじゃない。
椛「文次郎さんのおかげですね…」
文次郎「何がだ?」
急に私が言葉を発するものだから文次郎さんは何がなんだか分かってないみたい。それはそうか…それでもくすりと笑って聞いてくれる文次郎さんに、心がなんだかくすぐったくて私もふふっと笑ってしまった。
椛「全てです」
文次郎「全て?」
椛「文次郎さんが現れてから私の世界は全て変わりましたから」
文次郎「そんな事はないさ」
椛「いいえ…文次郎さんと出会って色んな事を知りました。」
文次郎「それをいうなら俺も椛に出会って色んな事を知ったさ」
椛「文次郎さんもですか…?でも私には特に文次郎さんに教えられる事なんてないと思いますが…?」
文次郎「そんなことはない」
椛「そう…ですか」
こっそりと頬を緩め唇を控えめにあげる椛、お前に教えて貰ったことは沢山あるさ
こんなにも頼られたいと思うのは初めてでこんなにも人を愛しく思ったのはやはり初めてで…椛に出会って俺は…人を好きになるのはこういうこなのかと知ったさ
椛「文次郎さんは、私を喜ばせる天才ですね」
文次郎「なんだそれは」
突拍子もなく椛がいうものだから少し笑ってしまった。そうするとさっきまで形よく曲げられていた口角が下がりむっとした表情になってしまった
椛「文次郎さんの馬鹿…」
文次郎「そう怒るな」
椛「文次郎さんは分かってないんです、どれだけ私が文次郎さんの一言で左右されているか」
文次郎「は…?」
何を言ってるのか一瞬分からなかった。理解すると同時に体が沸騰するか如く熱くなった
椛「文次郎さんの一言で私は嬉しくなって、楽しくなって…どれだけ私に影響を与えてるか…分かってないんです…///」
文次郎「そう…か…///」
熱い、体の水分が全て蒸発でもしてしまったのだろうか?赤くなった耳が髪の間からちらっと見える。椛が照れながら言っている、俺は勘違いしてしまいそうだ
椛「文次郎さんのおかげて私はまた目が見えるようになって、また何かを見れる…どれだけそれが凄いことか」
文次郎「それは俺のおかげてはないだろう?」
椛「そんな事はありません、文次郎さんが治療してみないかと手紙をくださらなければ私はずっとあのままでした」
文次郎「そうだろうか?」
椛「目の見えぬまま、桜の顔も見れないままだったでしょう」
文次郎「なら、あのとき桜が迷子になってくれて良かったな」
椛「そうですね…あのとき初めてで文次郎さんにお会いした日は忘れることはないでしょうね」
文次郎「そうだな、俺もきっと忘れないさ」
そうしてまた、二人は静かなときを過ごし襖越しの月を眺めながら、感情を暖かめあったのだった。
椛「文次郎さん…おやすみなさい」
文次郎「ああ…おやすみ」
椛「いつもより文次郎さんが見えてる気がします」
文次郎「また少し目が慣れたんだろう、良かったな」
椛「はい…明日もよろしくお願いします」
文次郎「そうだな、明日は検診だ。落ち着きはしないだろうが早めに寝るようにな」
椛「はい」
文次郎さんが私の頭を撫でて部屋を出ていった。少し低いその声が私を安心させる。心が暖かくてすぐに眠りに着けてしまいそう…ぽかぽかします。
文次郎さん本当に貴方と出会ってから世界は全て変わったんです。大好きと言う感情を家族以外に向ける日がくるなんて思わなかった。
二人でなにもしてなくても落ち着くのは何故?ふわふわとしてしまうのは何故?悲しくないのにぎゅうっと締め付けられるのは何故?こんな感情を作ってしまったのは文次郎さんのせい…
椛「文次郎さん…」
襖越しのぼやっとした丸いものは月、それを二人で眺めた事を思い出しながら布団を敷き眠りにつくのであった。
ぽつり名前を呼ばれたのを聞いていた文次郎の顔が赤くなったのを知っているのは…同室の彼だけだった
文次郎「馬鹿か俺は…///」
名残惜しそうに、それでいて少し嬉しそうで悲しそうに俺の名前を呟く椛…本当は部屋に入って抱き締めてしまいたいなんて
馬鹿か俺は…先程別れを告げたばかりなんだ。それに明日は検診と言ったのは俺だろうが…しっかりしろ俺
赤くなった顔を夜風に当て、頬をパチンと叩くと鍛練に出掛けたのだった。
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