声すらもときめきに
椛「はあ…」
荷を解いてしまえばすることもなく、いつでも制服を破いた子達がきてもいいように裁縫道具を用意しておいてはいるものの…誰も来ないので暇です。
つい、うとうとしてしまいます。ポカポカよ日差しが引き戸の向こうから私を眠りに誘うのです。
正座したままうとうとしていると、戸の向こうから足音が聞こえてきました。保健室に誰か来たのでしょうか?なんて考えながら目をつむると…聞きたかった声の主が
文次郎「椛いるか…?」
一瞬で目が覚めました、会いたくてたまらなかった人。声をきいただけてむねが高鳴る私はもう変なのでしょうか?
椛「はい、おります//」
文次郎「入るぞ」
そう言うと戸を開け中に入る文次郎さん。戸を開けると外から来る風と共に文次郎さんの香りが私の顔をかすめる。嗚呼文次郎さんだ、なんて思った。
文次郎「来て間もないと思うが、不便な事はないか?足りないものがあったら気兼ねなく言うんだぞ?」
私の隣で文次郎さんの声がする、近くて手を伸ばせば触れてしまえるくらいの距離なのでしょうか?
椛「はい、ありがとうございます…先ほど乱太郎くんにお願いしたので今のところはありません」
文次郎「乱太郎に?」
椛「あの…その厠に一人で行けずついて来て貰ったのです//」
文次郎「そっそうかすまん//」
男の方に厠のことを話すなどお恥ずかしい//でも文次郎さんには全てを隠さず話したいと思うのです
文次郎「しかし…毎回付き添いがいるとなると不便だな」
椛「あっそれは乱太郎くんが解決して下さいました。えっと…用具委員会の…先輩に?頼んで廊下から厠までの手すりを作って下さるよう頼んでくれたみたいなんです」
文次郎「ああ、そうかそれならよかったな」
乱太郎のことを思い出しニコリと笑えばそれにつられ文次郎までも微笑んだ。
文次郎「…」
ここに椛がいるんだな…少しの間でも毎日顔を合わせられる。早く、でも遅くリハビリが終わればいいと思う。
近くにいる椛を今すぐ抱き締めたい。でもそれはまだだ…思いもつげてはいないのに…何より椛に嫌われたくないんだ
そっと手を伸ばし椛の頭をなでれば椛のふふっと笑う声が聞こえる。嫌がられてはいない事を良い事に俺は気が済むまで触れていた。
椛「文次郎さんの手はとても…落ち着きます…//」
文次郎「…そうか?」
そんな事を言われたのは初めてでどう答えたらいいのかよく分からなかった。
椛「私の手とは違う…父様や母様の手とも違うけれど暖かくて優しくて…とても落ち着きます//」
そっと頭に添えられている文次郎の手に自分の手を重ねれば心が満たされる気がした。ゴツゴツとした手がそこにありやはり文次郎はここにいるのだとより実感したのだった。
文次郎「椛の手は…小さいな」
椛「そうでしょうか?」
文次郎「ああ…」
文次郎さんが私の頭から手を離しそっと手を重ね合わせる、背の小さい私は手も小さい様です。文次郎さんの手とは大分差がありました。
そして下へと下ろされた手は繋がれ文次郎さんの手に包まれています。
文次郎「…椛」
椛「はい…?//」
文次郎さんが私の名前を呼ぶそれだけでときめいてしまう…可笑しいのです。ドキドキしてすぐ顔が熱くなってしまうのですから
文次郎「椛」
椛「はい?//」
名前を呼べば少し照れたように返事をする椛、可愛い…
何度も何度もその声や表情を見たくて呼んでみる、時より髪からのぞく耳が赤いのが堪らない…嬉しいからだ。
椛「何ですか…?」
トクトクと心臓が早く脈を打つ、そっと繋がれたままの手を少し握り返すと文次郎さんも握り返してくれて、なんでもないだなんて言った。
何も喋らずにいた、沈黙だって文次郎さんとなら全然苦じゃない…変なの。時より繋がれた手を重ね合わせる、喋らずとも楽しかったのです。
文次郎「…」
椛の手に触れる、トクントクンと心臓が早くなるのが分かる。無言だなんて関係ない手を重ね合わせ椛の顔を見ていれば時が勝手に過ぎて行くだけ。
飽きることのない時間だ、時よりクスクスと笑う声が心地よい…頭をなでれば髪の匂いが俺の鼻を掠める。
嗚呼なんとも贅沢な時間なんだろうな、好いた女の隣で拒まれもせず、寧ろ好かれている方だろう?と思う。こうして無言さえも楽しい時間に変えられるのだから…
椛「文次郎さん…//」
文次郎「何だ?」
椛「制服破いたら早く持ってきて下さいね?」
嗚呼そういえばお針子として働くんだったなと思った。
文次郎「ああ、分かった。」
そっと微笑んで返事をすると絶対ですよ?と嬉しそうに言った。
椛「来て間もないのもありますがリハビリしていない間は暇ですからね」
文次郎「きっと…すぐ暇ではなくなるだろうな」
同学年の奴らを思いだすと、イケイケどんどんでマラソンをする奴がいるしアホのは組の食満食満しい奴や不運大魔王…制服破いて大忙しだな。
椛「だといいんですけど…」
それに…放課後は俺が…いや委員会はちゃんと出る。帳簿は大切な仕事だからな!委員会のない日にだ、夜は鍛錬があるし、夜に女の部屋に入るだなんて良くない。
となるとやはり委員会のない放課後とか昼休憩だな、会いに行くから暇ではなくなるだろ
文次郎「暇になれば俺の所にくればいい」
椛「でっでも文次郎さんは勉強で忙しいんじゃ…」
文次郎「椛の相手をする暇くらいあるさ」
椛「…じゃっじゃあ文次郎さんの暇な時に話し相手になって下さいね?//」
文次郎「ああ…」
暇じゃなくったって相手してやりたい、でもそうやって相手の事を気遣えるとこもいいと思う。嗚呼もう末期だな、こんなにも溺れてる俺は椛という罠から逃げ出せないと思う。
まあ抜け出す気なんてないし、寧ろ椛も引きずりこんでしまおうと考えてる訳だが…
椛「ありがとうございます…//」
優しいな…//文次郎さんは私が嬉しく思う事をなんだって知ってるんじゃないかと思うくらいに欲しいと思う言葉をくれる。
嗚呼、どんどん欲張りになってしまう。繋がれた手から伝わればいいのに。伝わってしまえば勝手に伝わってしまえば怖くなどないのに…好きです。
心の中で何度も何度も唱えた。目が見えたその時私はどうなるんだろう…嬉しいと同時に怖く感じる。だって終わってしまえば私はここを去るそして文次郎さんともきっと…
きっと…私は伝えられないから。
すぅっと息を吸い小さく息を吐くと繋がれた手がきゅっと握られた。文次郎さん…大好きです。
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