悪くない
地表からみれば底なしではないかと思われても仕方のない谷底に、ふたつの影がある。道はブレークダウンが普通に歩けるほどの幅でありさえすれど、少々狭く感じられずにはいられなかった。開いたグランドブリッジはすぐに影も形もなくなり、ここにあるのはブレークダウンとユズ、このデコボコなふたりの生命体だけである。
「なんでお前なんだ」
ブレークダウンは不満のことばを口にした。本来相棒であるはずのノックアウトではなく、なぜユズが一緒なのかと。
だがユズは特に気分を害するわけでもなく、というより、さして興味がなさそうにうーんと唸ってから
「メガトロン様が、ほんとは私に行って来いっていってたんだけど、一人じゃ重すぎるもの持てないから力持ちが欲しいって言ったの。あ、別にあなたの名前を出したわけじゃないんだよ。たとえすっごく嫌でも私のせいじゃないし、文句はスタースクリームにいって。」
先日のスタースクリームの失敗により、めちゃくちゃになったネメシスの修理に必要になる特殊な金属が足らなないらしいため、この寂しい場所へと転送されたことは理解できる。
だが、自分の方がただのおまけであると言われたような受け止め方をして、ブレークダウンの方が気分を害しぐっとそれをこらえた。そんなことならヴィーコン共を何体か持ってくればよかったものをと思わずにはいられなかったが、その話をするには少々間が空き話題が流れてしまったため、口にするのはやめた。
本来であればこんな小さな虫けらのような彼女を、ぷつりと一捻りにしてしまうところだが、それがなんともうまくない。
ユズは、ディセプティコン内では異質な存在なのである。メガトロンがこの女を特別に扱っており、ここで再起不能にし捨ててこようものなら、こちらがどんな仕打ちを受けるかは想像にかたくない。彼がそこまでこだわる理由が、その小さな体のどこに隠されているというのだろうか。
「何怒ってるの」
「怒ってなんかねえ!」
「でも、来てくれたのがブレークダウンでよかった。頼みごとも話もしやすいし」
ユズが、がさがさと何かカバンをあさりながら口にした言葉に、僅かながらブレークダウンの神経回路が刺激された。心理などない、ただの素直な「言葉」だと感じたのである。ディセプティコンという組織に身をおいていることに疑問などないが、裏切りや破壊を幾度も幾度も経験して来た。それなのに、彼女の今の言葉には、裏や表というものが全く存在していないのだ。
「でも、埋まってる場所まで少し遠いな…車なら15分くらいかなー。ね、ブレークダウン」
「…………嫌だね。俺が先に行くから、お前はあとからのんびりくればいいじゃねえか」
「どこにどう埋まってて、どうやって取り出すのかわかるならそれでもいいよ」
ブレークダウンは、少なからず嫌気がさしていた。この小人と共につまらない雑用へ放り出されたからではない。にこっと笑顔を作る彼女の表情にも、全く苛立たずにいる自分にうんざりしたのである。
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