決断の是非.end
主の信頼の厚さに比例し忙しい毎日を送っているサウンドウェーブが、研究室にポツリと居座っていた。一体何の用だろうかと驚いてから、彼が自分を助けたのだと思い出してやっと納得がいく。復帰直後のメガトロンとの対談に策を練ってはいたものの、サウンドウェーブと鉢合わせた際になんと伝えれば良いのかと考えるのを忘れていた為、ユズは戸惑いながら挨拶をした。
「あの、こう言ってしまっていいのか迷うのだけど、わざわざ助けてくれてありがとう。手間かけてしまってすみませんでした」
組織の一員としての情から助けたわけではないのだと分かっているが、事実に対しては礼をしたい。ユズの個人的な信念で、深く深く頭を下げた。すると、コツコツと何かで頭をつつかれたのですぐに顔を上げてみれば、何か小さな物体を渡された。サウンドウェーブの指先からユズの手元に収まったのは、紛失した携帯電話であった。
「拾ってくれたんだ!さすがサウンドウェーブ、本当にありがとう…!ああ、雨降ってたから心配していたんだけどやっぱり壊れてる。まずはこれの修理から始めて、新しい仕事にはその後すぐ取り掛かるよ。進捗はちゃんと報告するね」
届け物の為に待っていたらしいと理解し、すぐに修理してしまおうと作業台へ走ったが襟を引っ張られた為にまだ用件が終わってないことを知った。
「えっ?…あ、うん。当分は1人で出かけないようにする。約束するってば。足りないもの調達しに行くのもちゃんと誰かについてきて…ええ?いちいちサウンドウェーブの許可いるの?でも私の居場所くらいサウンドウェーブなら、…ハイハイわかったから爪向けないで。他の仕事にもすぐ追いつくようにするね」
ユズは自分の仕事以外にも、艦体の修理の指揮や別な持ち場の手伝いなどにも携わっていた。勿論、サウンドウェーブの仕事も然りである。彼がわざわざやらなくても良い、それでいて他者に任せるには技量のいる部分を度々任されていた。余計な仕事まで増やしてしまっただろうか。
「…本当に、サウンドウェーブが助けにきてくれたの?」
聞いてしまうなら今しかないと判断し、未だ半信半疑の面持ちでおずおずと質問を投げたが当然答えはない。淡い期待を抱いてしまったのだ。彼が自分を助けてくれた事実に、損得以外の感情が働いてくれていたらいいのにと。
元の世界の住人とこちらの住人は全く別物だ。基本的には同じであっても、口調、思想、自分に対する態度、過ごした時間は全く違う。それでも、距離が近いと感じられる時はいつも嬉しく感じてしまう。元の世界に戻るという本来の目的からかけ離れてしまうかもしれないとわかっていても、その感情にだけは素直でいたいのだ。
「大丈夫だよ、他に行くところないもの。メガトロン様が私をいらなくなるか、元の世界に戻る方法を見つけるまではここにいる。オートボットのところにいるより、ここの資材を使わせてもらった方が帰れる方法はずっと高いし」
するとサウンドウェーブは、先ほどまで厳しく振るっていた指でユズの頬をくすぐった。つい、と顎を持ち上げられ、彼のバイザーに自分がよく映りこんでいることがわかる。真っ暗で、たまに明かりでキラリと光って、広大な宇宙でも飼っていそうだとぼんやりユズは考えていた。
「…ど、どうしたの?」
もう一度問いかけても、やはり答えはない。体を隅々まで、いや心の奥底までじっとりと見つめられている気分だ。サウンドウェーブなら可能だと思えてしまうのだから恐ろしい。
『大丈夫だよ』『ここにいる』
今度は先ほどのユズの声がサウンドウェーブから発せられた。恥ずかしいことこの上ないが、うんうんと二回頷いて見せると、満足したのかサウンドウェーブは屈んだ体勢からひょろりと立ち上がり、ゆったりと優雅にその場から立ち去っていった。
「なんなの?もう…!」
今回の件で増えたのはメガトロンへの貸しと彼の残した謎ばかり。そして最後に手の中で静かに眠る携帯電話だけが、揺るぎない自分の味方であると心底実感したのである。
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