決断の是非.5



ネメシス内は時折、激痛に見舞われたユズの叫び声が響き渡った。体の一部を再生させるだけのために何故そこまでの痛みを伴うのかと疑問に思ったものも中にはいたかもしれないが、折れたり溶けたりした骨子を無理やり、規格外の早さで元の形に修正しするのだから、当然といえば当然のことだった。

ふと気が向いたメガトロンは、ユズの眠る医務室へと足を運んだ。室内全体を見渡してやっと、こじんまりと体を横たえたあの姿を発見できた。発作は何度か繰り返し起こっていたようだが、今は安定期らしく無防備な状態で眠っている。痛みに耐える際激しく寝台(という名の作業卓)を引っ掻き回したらしく、爪は割れ体液が滲んでいた。

「どうせなら夢の中じゃなくて、現実に迎えにきてくれたら良かったのに」

突然声を発したので少々驚いたが、夢見心地らしくふらふらと真っ赤に腫れた瞼を薄っすら起こし、メガトロンを見つめていた。

「そういえばずっと昔、お世話になっていた地球の人間に解体されそうになって落ち込んでた時も、メガトロン様がそばにいた気がします。懐かしいですね」

相手は身に覚えが全くないというのに、ユズは優しく笑みをこぼした後、目からぼろぼろと涙をこぼし始めた。

「ごめんなさい」

何度も何度も謝りながら、ひ弱な両手で顔を覆って泣いた。痛みの反動からか、気持ちが随分と緩んでいるらしい。どうやら、ユズは元いた世界にいる自分と勘違いしているようだと、メガトロンは結論づけた。

「私がメガトロン様に敵うはずないんです。だから弱味だけは見せないようにって頑張ってきたけれど、その防壁も壊されてしまいました。自分の弱さに吐き気がします。ショックウェーブが私を造った時、ただの人形にしてくれれば良かったのに。元の世界に戻れるのならどんなことでも利用して、余計な感情は全部捨ててしまおうと思っていたのに…。ディセプティコンもオートボットも知れば知るほどやっぱり私には大切なのです。結局ずっと中途半端なまま未だ迷い続けているんです」

ぐずぐずとしゃくりあげながら、ユズは内側の感情をむき出しにしていた。気まぐれに薄い皮膚を指でくすぐってやると、ひやりと金属の冷たさを感じて、少しずつ正気が戻ってきたようだ。

「これだけ本音を吐露しても『お前は無駄ばかりだ』って馬鹿にするんでしょう」

ユズは手を伸ばし、彼の指に触れた。そして淡い安らぎを繋ぎとめるように頬を寄せる。なんと不思議な光景だろうか。彼女は小さな身なりでいつも気丈に振舞っていた。明るく…時にはまくしたてるように喋り続けたり、時にはマイペースな笑みをのぞかせ、時にはまっすぐな背筋をぴんと張って、まるで騎士の如く真っ向から相手に立ち向かうのだ。

では、今はどうか。主人に甘えたがる愛玩動物である。別次元のメガトロンとは、随分と懇意であったことが伺えた。

「…言葉にしたら気持ちが整理されてきました。大丈夫です、起きたら元どおりになっています。どんなに迷っても、原点を見失わなければきっと同じ場所に戻ってこれます。…まったく、同じことばかり繰り返して成長しませんね、私も貴方たちも。だってそうでしょう?いっつも戦争ばかりしてるじゃないですか」

からから笑って、オプティマスにもよろしく伝えてください、と最後に一言残したところでユズの意識は再び遠のいて行った。話はここで終わりらしい。だがメガトロンの指先に置かれた手のひらだけは、未だにあたたかな体温を伝えていた。


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一時間ほど留守にしていたノックアウトが医務室前まで帰ってくると、丁度メガトロンが部屋からでてきたところであった。楽しそうに口元が歪んでいるが、とても吉兆を運んできそうには見えなかった。

「何か話されました?」

「いや、非常に面白いものを見た。それだけだ」

口にした以上のことを話す素振りもなく、メガトロンはノックアウトの横を通り過ぎて行ってしまった。妙な違和感を拭えないままユズの様子を覗いてみたが、発作も落ち着きただ静かに寝息を立てているだけだった。
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