身体観察

扉を開けて入ってきたのはノックアウトだった。思いがけない者の侵入に、ユズは驚いた。それに勘づいたノックアウトがふと笑って、ゆっくりと彼女に近づきながら聞いた。

「メガトロンだと思いました?」

「ブレークダウンだと思ってた。さっき呼んだから」

「彼まで手なづけるとは…恐れ入りました」

「逆だよ。わたしか懐いてるの」

想定外の返答に、ノックアウトは一瞬面食らった。ユズはといえば、話をしていることなど忘れたかのように小さな体を研究台から立ち起こして、パソコンと杖を片手にそこからぴょんと飛び降りてしまった。着地したあとは片足をずるずる引きずり、杖をかつかつと支えにしながら、モニターの方を目指しているようだ。先日までは背筋を伸ばしパキパキと歩いている姿を覚えていたから、ノックアウトは少々考えて

「どうしたんです?」

「ちょっと実験したら痺れてきちゃって」

どこからどうみてもみすぼらしい格好だ。自らを実験台にし、一部が不自由になったその姿を(仮に同じ組織の一員だとしても)羞恥のかけらもなく披露するなど、さすがは科学者といってもいいのだろうか。一応、女性でしょう?あなたは。思わず口をついてでた言葉は、ユズにしっかり届いた。美しさを重視する彼らしい言葉である。

「そのような姿を惜しげもなく晒していたら、すぐにつけ込まれてしまいますよ。わたしのような輩にね」

「ノックアウトが?へえ、それ、面白いよ。わたしなんかにつけこんで何か利益でもあるの?」

「勿論…私なら、標本のように診療台に貼り付けて、その珍しい体の部位をひとつひとつ解体していきます。非常に興味があるんですよ」

今度はユズがひるむ番だった。顔をしかめてもの言いたげにノックアウトを見上げている。ノックアウトは肩を竦め、冗談ですよとはぐらかした。

「そんなに警戒しないでください。私はブレークダウンに言われてきたのですから。今は体が不自由なので、彼を呼んだのでしょう?」

「うえっ、ノックアウトが手伝ってくれるの?」

「今の嗚咽は聞き捨てなりませんが」

「ごめん、そういうつもりじゃなくてちょっとビックリしただけ。ああ、そんなたいしたことじゃないんだよ…私の体をコントロールパネルの上まであげてほしかったのと、そこの箱も少し寄せて欲しくて。いつもなら自分でやるんだけど」

それだけのためにブレークダウンを呼び出していたのかと呆れ半分、同情半分、ノックアウトはユズに近づき手を差し伸べた。ひょいと軽やかに乗った小人は、目的の場所までたどり着くと乗った時と同じ調子でその場に降りた。

その時、不自由な半身よりも、ノックアウトは彼女の手に注意を惹かれていた。指や甲はなんらかの薬品が原因でところどころ変色し、まだら模様になっている。ありがとう、とお礼を言ったユズの声を無視して、ノックアウトは自分の人差し指でそれをそっと持ち上げた。この方が観察しやすいのだ。

「見えるところくらい、美しくしておいてはいかがです?もったいのないことをする」

ユズは真っ赤になり、反射的に後方へ飛び上がってしまった。この面白い反応は、ノックアウトの興味をそそった。その体温のほてりが一体どんな意味を持つのか、おおよその検討はつく。

「さっきまでのはよくて、今のはだめなんですか」

くつくつと声を抑えて笑った医者は楽しげだったが、これからこうして遊ばれることになるのではないのだろうかという懸念を、ユズは拭い去ることができなかった。
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