ほしいもの

はしごが蹴飛ばされ、ユズは地面にベタリと落下した。カタカタ笑って去って行くディセプティコンのふたり組を見ると、顔も覚えていないような連中であった。ユズは立ち上がり、はしごを立て直す。

ユズは、当然周りからよく思われてなどいない。彼らからすれば外側は有機物、中身は低レベルで幼い生命体であり、それがメガトロンのそばに使えているとなっては更に面白くないのだろう。

はしごに登ったところで、スタースクリームの声が聞こえた。自分を呼んでいるような気がしたが、ユズはあっさりとそれを無視した。

「返事くらいしろよ」

「何も聞こえてませんから、返事のしようがありません」

「ああそうかよ。で、何してんだ?」

「この間、攻撃が当たってから艦の調子が悪かったので見てただけです」

スタースクリームは、その返答を興味なく受け流した。そんなこと、彼にはどうでもいいことだったのだ。

ユズの身長は、このはしごに登ってやっとスタースクリームの肩を越すくらいであった。瞳のレンズを絞らなくても、彼女の表情が良く見える。

地球では、知能の低いロボット達が横行していたが、彼らは皆意思もなくただ命令をひたすらこなしているだけだった。だが、感情を持っているユズの表情がなんの変化もないのはどうしたものだろう。

その鉄仮面を突き崩して、跪かせて、これ以外の彼女を手に入れたい。だが普段からそうであればいいとは思わない。知っているのは、自分だけでいい。

スタースクリームは、常々そう思っていた。こんな感情は、他の生き物に感じたことはない。だが彼女はそれを愛ではないという。

「少しくらいこっち見ろよ」

「いつも顔合わせてるじゃないですか」

「おい、…ああ、めんどくせえな。一体お前は、俺にどうしてほしいんだ」

不貞腐れたように言い捨てると、やっとユズはくるりと彼の方を向いた。表情はいつも通りだったが、唇をうっすら開き、じっとスタースクリームを見つめている。

「そんなこと、聞いてどうするんです?」

彼女が質問を返してくるということは、少なからずこの問題に興味を持った証拠である。スタースクリームはこの機を逃さず、にたりと笑ってユズに近づいた。

手を伸ばせば届く。見るからに脆そうな眼球や、多くの生命体を足元にねじり伏せてきたその腕も。全てに現実味がある。

「お前が望む通りにしてやるよ」

初めて触れた髪はさらさらと指を流れた。ユズは右の指の腹で、スタースクリームをつるりと撫でた。らしくない。お互いに。だがスタースクリームは、大して驚かなかった。彼女の考えは、これまでも読めた試しが全くないのだ。

「じゃあ、肩を貸してください」

「……何?」

「土足で肩の上に乗せてください。もう少し上の方を見てみたいんです」

だがこれには、さすがに面食らった。この雰囲気で、このタイミングで、そんな話かと。

「嫌ならいいです」

「な、この、うっ、…くそ!」

「!」

スタースクリームは、ユズをがっしりと掴み上げてトンと肩に乗せた。突然だったため、ユズは少しよろめいた。彼の肩から見る世界は、とても広い。停泊中の艦の今いる星は、障害物が一つもない荒野で、景色がいいとは言い難いが。

「このイケメンの肩に土足…おい、高くつくぞ」

それを聞いたユズは言った。こんなこと艦のボルト一つ程の価値にもならない、と。どれだけ横柄な女なんだ、スタースクリームは不快感を全く隠さず口にしたが

「だってスタースクリームさん、私が望みを言ったところで、叶えてくれるとは到底思えませんから」

不快感など、とうにどうでも良くなった。視線を移した先にあるユズの唇が、確かに弧を描いているように見えたのだ。
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