愛を叫べない
メガトロンに呼ばれて、戦艦の廊下を歩いていると、スタースクリームと鉢合わせた。もともと純粋な人間であったユズは彼よりはるかに小さく、見上げないと正確に誰か分からない。スタースクリームはスタースクリームでも、クローンもこの船をうろついているためでもある。
「そこに立っていられると、先へ進めません」
「メガトロンの所に行くんだろう?俺様もだ」
彼はニヤニヤと笑っているが、ならば何故自分の正面に突っ立っているのだろう。メガトロンのいる部屋は、このスタースクリームが背中を向けている方向のはずだ。
わざわざ自分を見つけるために戻ってきたのだろうか?ユズがその思考へたどり着くと、スタースクリームもユズの隣へピッタリとついて歩き出した。
歩幅が全く違うため、スタースクリームからすれば合わせるのも面倒なはずではないか。ユズは嫌な予感しかせず、できる限り距離を置いて歩いた。
「だりぃなあ。ばっくれようぜ、ユズ」
「おひとりでどうぞ」
「そんな冷たくすることないだろ」
「私はメガトロンさまに怒られたくありませんから」
そこまで言って、ふと、ユズはいつものスタースクリームとメガトロンの会話を思い出した。
あのキャノン砲で吹き飛ばされ、罵られ、床に叩きつけられるスタースクリームの姿。といっても、今スパークが空っぽとなったスタースクリームは、鬱陶しいほど不死身であるが。
「メガトロン様に叱られて罵倒されて殴られるのも悪くないかも」
ユズには表情がない。眼鏡の奥では、何を見ているのか。スタースクリームにも、勿論他のディセプティコンにも分からないことだ。そのない表情で、うっとりと、天井を見つめる彼女に、いや、その彼女の頭の中に浮かんでいるだろうメガトロンの姿にうんざりした。
すると、ドカン、と、急で大きな音に驚いて、ユズは立ち止まった。目の前にはスタースクリームが床を踏みつけたための足が見える。自分の真っ正面に、だ。
「俺様につけよ、ユズ」
ユズはスタースクリームを見上げた。相変わらずのニヤニヤ顏だが、ユズは彼の笑い方はそこまで嫌いではない。
「丁重にお断りします」
「このイケメンが愛を囁いてるんだぜ?」
「愛、ですか。どのあたりです?」
「俺はディセプティコンの次期リーダーだ。その俺が、お前が必要だといってるんだぞ?これ以上の愛ってあるか」
「ええ、あります。『僕は君を愛している。だから、君が心から慕っているメガトロン様に楯突くのはやめにするよ。共にメガトロン様のために戦おう。オールハイルメガトロン!』」
そこまでユズが言い終える前に、スタースクリームは耳をふさいだ。そんなこと口が裂けたって言いたくない。彼女の頭の中はいつでも、主君であるメガトロンのことばかり。
「私のような下等な生命体に、あなたが『愛してる』だなんて。スタースクリームさん、ラムジェットくんだってもっとマシな嘘をつきますよ」
ユズは再び歩き出した。その後ろ姿を見つめる。有機生命体の形を成したその中身は金属と、メガトロンを崇拝するディセプティコンの精神。彼女は自分よりも遥かに小さく、そして幼い。スタースクリームは、近くの柱を軽く蹴飛ばし、悪態をついた。
「俺様にも不思議だよ」
奴を殺せば、全て手に入るのだろうか。
何度も行き着くその場所に思いを馳せ、スタースクリームは、扉の向こうへ見えなくなったユズの後ろへ続いた。
- 3 -
戻る