君の推測は外れていると思う

やっとホームズも重い腰を上げて、アメリアに一般教養を与えるべく家庭教師を雇うことになった。この頃の女性の教育制度は多少変化はあるものの、まだまだ男性に重きを置いた教育カリキュラムであった為、女性の家庭教師よりは男性の方がより社会的な教育を受けられるといって聞かないので、以前ホームズが解決した事件の依頼人であった信頼のおける男に頼むこととなった。

ただし、これにはハドソン夫人の力を借りなければならなかった。我々の部屋にはいつ何時どんな客が舞い込んでくるかもわからないし、ホームズの生活の煩雑さとだらしなさの中に他人を入れるというのは、ひどく非現実的なことに思えたからだ。

要するにアメリアは勉強の時間だけはハドソン夫人の部屋へ降りて、終われば家庭教師を見送って、また戻ってくるということになったので、私には彼女の成績や勉強態度を知る機会がなかった。だから、ある日ホームズの外出中に家庭教師を呼び止めて、しばし221Bの部屋で話を聞かせてもらうことにした。

「とても模範的で良い生徒ですよ。時々突拍子もないことを言ったり、ある分野においてだけ深淵な知識を披露して驚かされることもありますが。それに元々の頭が良いのですね」

「私にも同じような経験があります。口数の少ないおとなしい子供で、喜怒哀楽の見えないことが多いので、そういった点で困らせることもあるかと思いますが…」

「そうでしょうか?確かに言葉は少ないですが、節々でよく笑顔を見せてくれますよ」

「えっ、あのアメリアが?」

思わず声を上げてしまった為、家庭教師は不思議に思っていたようだ。私とて疑念が大きく残ったが、それ以上追及せず互いに別れを告げた。

もしかすると、彼女は淡い恋心を抱いているのではあるまいか。よく考えてみれば、彼は若くてよく気のつくなかなかいい男だし、一般に比べて頭もいいとホームズも褒めそやしていた。私は興味を持って真相の端を掴もうとあの手この手でアメリアから聞き出そうとしたが、彼女は首を傾げたり「彼は良い人ですよ」と曖昧な返事をするだけである。

ある夜、暖炉の前でホームズと他愛もない話をしている時に、ふとその件を口にしてみた。すると彼は短かい笑いをこぼして

「正直言って、君の推測は外れていると思う」

「でも他に説明のつけようがないじゃないか」

「そうかね?なら試してみよう。丁度戻ってきたようだから」

ハドソン夫人の食器洗いの手伝いを終えたアメリアが、階下から戻ってきた。ホームズはそばに彼女を呼んで、唐突にずっと以前解決した事件の話を始めた。

内容は大雑把に言って、ひどいものだった。結局は被害者の妻が犯人というありきたりの結末であったが、2、3の特別な点を除けばお粗末な手口だったと彼は女性批判を始めたのだ。

「女というものはね、ほんの小さな出来事が引き金でも、時には殺人まで犯そうというのだから不可解極まりない。まあ結果的に浅はかさが露呈して、底が知れていることの方が大抵だけどね」

対して、意見したのは私よりもアメリアの方が早かった。

「ホームズさんの言葉を否定する気はありませんが、男性も大して変わりありませんよ。彼らの考えることは実に単純で分かりやすく、行動パターンは大抵同じ方向を指しています。程度が低く野蛮で弱い者には何をしてもいいと思っているのです。なんて退屈な…」

彼女は途中で我に帰り、口元に手をあてて言葉を飲むような仕草をした。その瞬間は確かに、普段の無表情な人形などではなく、生きた人間の顔をしていた。

「気分を害するようなことを言ってごめんなさい。でも私にとって、お二人は他の男性とは全く違います。たくさんの知識と、広い世界を教えてくれました。私を同等の…人間として扱ってくれます。本当に、感謝してもしし切れません」

「知っているよアメリア。いいんだ、僕も少し言い過ぎたからね。さて夜も更けたから、そろそろ寝る準備をしなさい。おやすみ。また明日」

するとアメリアは、にこりと美しい微笑みを浮かべた。それはそよ風のように柔らかく…そしてふっと通り過ぎていったのだ。


「これでわかったろう?」

アメリアが奥の部屋に引っ込んだ後、ホームズは安楽椅子へ背を預けパイプに火をいれながら言う。

「彼女の笑みは警戒心と緊張の表れだ。僕たちの前では、ほとんどと言っていいほど見せたりはしないがね。そして男性に対して芳しくない意見さえ持っている。」

「不思議だねえ。普通は打ち解ければそれだけ表情が柔らかくなるものなのに、彼女の場合は逆じゃないか」

「あの子供が普通じゃないことくらい君も分かっているだろう。それに、今までは一人きりで、時には男を利用しながらもなんとか生き延びてきたほどの少女だよ。僕たちが思っているより、ずっと色んな考えを持っているし、経験も積んでいるはずだ」

「君はよく知っていたね」

「初めの頃は僕にも同じような態度を取ることがあったからさ。レストレードなんかには、今もよくあんな笑い方をしているよ。それに比べて君ときたら…女性に対する心得は、我が友人ながら感心するばかりだよ!」

それきりこの話は終わったが、ホームズとアメリアには多少なりと共通点があることに私は気がついた。ホームズは分かっているだろうか。いや、わかっていたとしても彼は口にしないであろう。

「陰の部分にしても、陽の部分にしても、僕達はまだ彼女について知らないことが山ほどあるのだろうね」

私が零しても、ホームズは例の意味ありげな微笑をちらつかせてパイプをふかすだけだった。


- 8 -

[*前へ] [#次へ]

戻る
リゼ