名探偵流教育方針

ベイカー街の部屋に身を寄せるようになり、アメリアは年齢に不相応な本を大量に読みふけっていた。というのも、ここにはホームズの書いた本や犯罪記録、その他様々な知識の詰まった書物があり、彼女にとって暇には困らないほど読み物で溢れかえっているからだ。

玉に瑕なのは、彼女が偏頭痛持ちだということである。長い時間集中していると、頭痛と吐き気を催すようだ。それでも大した障害にはならぬとばかりに、夕方になる頃には読み終わった過去の新聞やら事件記録やらが、紅茶と一緒にテーブルの脇に重ねられているのが常だった。

ホームズは大変面白がって、時に自分の方へ呼んでは調査中の事件の証拠について話して聞かせたり、彼女の知識を試したりもした。その様子は課外授業を受ける生徒と教師そのもので、私はよく彼女の前途を想像してみたものだった。

どうやら今日は顕微鏡の使い方を学んだらしい。事件現場から採取した…私にとってはただの水にしか見えないような証拠を、アメリアはよく観察していた。

「この水は被害者の部屋にあった水槽から採取したものだよ、ワトソン。予想通り、存在するはずのない微生物が発見されたよ」

「僕はまだ一言も話していないが、どうして考えていることがわかるんだい?」

「あまりにも簡単な推理だ。説明したところで、僕の評判をかえって落とすだけさ」

すると今度はアメリアが口を挟んだ。

「この道具は、肉眼で見えないとても細かなものまで見えるのですね。もっといろいろなものを見てみてもいいですか?」

顕微鏡を丁寧に扱うことを条件に、ホームズの許しを得たアメリアはおもむろに近くにあったナイフを手繰り寄せ、人差し指に充てがった。私は大変驚いて咄嗟にナイフを持っている手を掴み上げたのだが、何が起こったかわからないとでも言うように彼女は私を見上げていた。

「危ないじゃないか!僕は医者として、自分の体を傷つけようとする人間を見過ごす訳にはいかないよ。一体どんなつもりだったんだい?」

「新鮮な血液がどんな風になっているのか見てみたかったので…。先日のホームズさんの真似をしてみたのですが、間違っていましたか?」

ホームズの真似をしたというが、子供が…ましてや女性が自分の指から血液をたらしてまで顕微鏡を覗こうと思うだろうか?ホームズの名前がでたこともあいまって私は返事に困ってしまったが、ホームズは口元に手を当てながらにやりと唇をゆがめていた。

「うむ、ワトソンの言う通りだ。『人前で』僕のような悪い手本を真似してはいけないよアメリア。とりわけ、医者がそばにいる時はね。」

意味深長な言葉を述べて、アメリアの頭を軽く二度撫でた。そしてナイフで自分の指先へわずかに傷を作り

「今回は代わりに僕の血を使うといい。さて絆創膏はどこだったかな」

「ホームズ、彼女の前では少しばかり行いに注意すべきだと思うね。こんなことが起こったばかりなのに、君ときたら」

「子供といえど彼女はそこいらの警察官よりずっと利口だよ。一度言い聞かせられたことは忘れたりしないさ。そうだろうアメリア?さて僕は僕でやることがあるから、使い終わったらそのままにしておいてくれたまえ」

ホームズはさっさと自分の作業へ移ってしまい、アメリアはまた顕微鏡に取り憑かれているので私は一人とり残されてしまった気分だった。彼はニコニコとしていたが、私としては初めて、この少女の将来に一抹の不安を覚えたのである。

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