だから君は罪を被ろうとした(2)

ベイカー街では、ホームズはまだ魚について思いを巡らせていた。床には図鑑などの書物が散乱して、唯一綺麗なのは何かの--というのも、腹を割かれていた為に元の外見をとどめていない--魚の解剖された周りだけである。

私はこれまでのいきさつを彼に話して、現場まで来てもらえるように頼んだ。ホームズは明らかに乗り気でなく、ついにはアメリアにもっときつく問いたださなかった私を責め出す有り様である。娘のように可愛がっている少女が殺人事件に巻き込まれているのだから、少しは心配してもいいのではないだろうかと、私は少なからず腹を立てていた。

「君は現場を見たといったが、死因はなんだね?」

「打撲だね。付近に転がっていた大きな石で、頭部を強く殴られたらしい。それも一度や2度じゃ無かった。怨恨の可能性が高いのではないだろうか」

「何度もね…。足跡は?」

「さあ…たくさんあったから、僕にはどれかわからなかった。」

「それは残念だ。じゃアメリアはその間、ずっと現場にいたのだろうか?」

「そう言われてみれば、一度離れて戻って来たとレストレードが言っていた。見た人間がいたそうだ」

ホームズはやっと少しは興味を持ったらしく、しばらく考えてからやっと現場まで同行してくれる気になった。

着いてみると、アメリアの姿はすでに無くレストレードもいなかった。現場からは人気が消え失せて、警官が一人残されているだけである。少しばかりの血痕と警官達の濡れた足跡は未だハッキリと見受けられた。

「ひどい有り様だね」

ホームズは警官達によって荒らされた場所をぐるりと歩き、死体があった周辺の調査にとりかかった。

現場はただ屋根のあるだけの空間になっており、扉もなく、ネズミのねぐらのように狭い小部屋であった。にも関わらず、そこには最近誰かが住んでいたような形跡もある。汚く薄い毛布は砂まみれで、いつのとも知れないパンくずや空の缶詰が脇に寄せられていた。

ホームズはその場へかがみ込んで、じっと目を凝らしていたが何か見つけたらしく手を伸ばした。その後何かつまみ上げたような仕草があったが、あっという間の出来事だったし、何しろ明かりも少ないので私たちの位置からはよくわからなかった。

他には、そばに葉巻と灰が落ちていたことと、マッチの燃えかすが落ちていたこと、被害者の金品が抜き取られているということくらいで、特に不思議なことはなかったことを私は告げた。退屈なほど、わかりきった証拠である。アメリアが強盗風情と一緒くたにされているなど、腹立たしいことこの上ないが。

「葉巻はそこにのびている被害者が吸っていたものでしょう。注目には値しない事実だと思いますが」

現場に残されていた警官が言った。

「それはどうだろう。指先や歯の具合からして、あの紳士はかなりの愛煙家だったらしい」

と、これは私だ。

「いいぞ、ワトソン!それにも関わらずこの葉巻は一本しか落ちていないし、火をつけてそう時間の経たないうちに投げ捨てられているよ。灰はこれみよがしに落とされているけれどね」

「それは、……待ち合わせをしていた容疑者が割に早くやってきたのではないですか?確かに金品の類は彼女の体のどこにもありませんでしたが、そんなものどうとでもできます。何しろ一度この場を立ち去っているのですから」

「君は後から浮上した『彼女がここにいた』という事実にとらわれすぎているように見えるがね。そもそも、辛うじて確認できる足跡から被害者は非常な大男だったらしい。そんな男の後頭部を殴りつけられるような身長は彼女にはないし、ここにいる医者が確認したように被害者を何度か殴って殺したことがわかっている」

それ以上返す言葉も無く、警官が黙り込んだので、私は気分が良かった。

「さて、帰ろうかワトソン」

「なんだって?アメリアを迎えに行かないのかい?」

「レストレードが明日来いと言っていたのだろう?じゃそれでいいじゃないか。あの子供なら1日警察にお世話になるくらい平気だよ。きっと医者の説教よりも良い薬になるさ」

結局、ホームズはそれ以上譲らずに、私たちはベイカー街へと帰った。部屋に着くなり彼はまた魚とにらめっこにとりかかり、私は寝室へと引っ込んだが、最後にみたアメリアの表情が脳裏にちらついて寝付くことができなかった。


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