まるで生き写しである

その頃のホームズはあちらこちらで引っ張りだこにあい、我らの部屋には彼を必要とする人々が後を絶たなかった。アメリアももちろんついて行きたがったが、勉学に重要な時期だといって通いの家庭教師が反対し、ハドソン夫人に預けられ、缶詰のような生活が一ヶ月半ほども続いていた。

サリー州で起こった残忍な連続殺人事件の解決に注力し、やっとホームズの体が空いた頃には、アメリアはすっかり拗ねていた。機嫌を取るのにあれやこれと手を尽くしてみるものの、私が3日かかってやっとまともに口をきいてくれるという始末だったのである。

そして間の悪いことにホームズの方も精力的な活動の反動で例の冬眠期にうつってしまったので、そこから更に数週間、2人はほとんど口をきかなかった。やっとホームズが椅子から腰を上げたのは、有名なドイツ歌手のコンサートがあるからとチケットを手に入れた時だった。これにはアメリアもついていっても良いということになったので、彼女も完全に機嫌を直し、礼服を着付けて、コンサートホールまでは歩いて向かうことにした。

「途中で予定を変えようだなんて言いませんよね?」

彼女は三人での外出が嬉しいようだが、半ば疑っているような調子でいった。

「さて、向こうからやって来るレストレードが、面白い話を持ってきたのでなかったらね」

顔を上げると、私たちに向かって快活に手を振るレストレードの姿がはっきりと見えた。偶然と平静を装ってはいるものの、小走りで息も切れ切れに挨拶したところを見ると、なるほど、差し迫った様子が見て取れる。

「おや、3人で外出ですか?相変わらず仲が宜しいですな」

「まあね」

私は早く会話を終わらせてしまおうとてきとうに返事をした。レストレードはなおも何か言いたげだったが、アメリアが有無を言わせぬ勢いで割り込んできて

「テムズ河で死体でも上がりましたか?」

「なんですって?」

「雨が降っていないにも関わらず靴には泥、落ち切って無いところを見るとさっきまで馬車に乗っていたのですね。どうせベイカー街221Bの下宿を目指している途中に私たちを見かけて、そこの角へ待たせて何食わぬ顔で出てきたというところでしょう。ホームズさんを引っ張り出そうというくらいの事件ですから、上がったのは死体だけではありませんね?3日前に新聞を賑わせていたバークレイ卿の紛失した状箱でも抱えていましたか?そんなに驚く前に、手はきちんと洗った方がいいですよ、レストレード警部。爪の中にまで泥が入り込んで、何か大事なものを河から掻き出したかこじ開けようとしたかなんてことがすぐわかりますから。死体だけならそんなところに泥が入り込むはずありませんからね。それに、あの事件は貴方が手がけていると新聞でも大々的に報じていたではありませんか」

アメリアは目に見えるほど不快感を示し、苛々していた。恐れていたことが起こってしまったので話をそらそうとこれから向かうコンサートの話題を出そうとしたが無駄である。あっけに取られたレストレードを無視して、彼女は更に言葉を続けていく。

「ついでに言うとホームズさんの手を煩わせてワトソンさんの書く冒険譚に加えるほどの事件では全くありませんよ。卿はその界隈の人間には有名な右翼思考で過激な団体とも通じておりますし、状箱の紛失した部屋から見つかっているスペードのAのトランプは敵対している秘密結社が仕事をした時に落としていくものです。警察はそんなことも知らないのですか?体を動かすだけが犯人逮捕の近道ではないのですよ。有用な知識はきちんと脳に収めておかなければ、ただの動物と一緒でしょう。話が逸れましたね。とにかく諍いがこじれていると考えるのが最も妥当です。卿は先日にちょっとした癇癪を起こして従業員をほとんど解雇しましたから、叩けば埃がどんどん出ると思いますよ。ここまで分かっていて犯人にたどり着けなかったらそれこそ驚きです。どうです?まだ私たちにご用件が?」

彼女が話し終えると、ホームズは堰を切ったように笑い出してしまったし、私は私ですっかりホームズに感化されてしまった彼女の口調に参って、頭痛のする思いである。はっきり警察を嘲るような言葉といい、隠そうともしない苛立ちといい、観察による賜物をさも当然のように言ってのける傲慢な物言いといい、まるで生き写しである。

「会う度に聡明で賢いお嬢さんに成長して行きますね」

レストレードも全く同じことを考えているようだ。唇の端を引きつらせながら、2人を交互に見つめている。

「失礼なことを言ったりして申し訳ないね、レストレード。一体誰に似たんだか」

「全くですな」

「他に何かわかることがあるかね、アメリア?見落としているのだとすれば、まだ重要な点が7つもあるのだが」

「………。ごめんなさい、私にはここまでです」

「ふむ、まあそんなところだろう。けれどそれを説明することで、時間を空費するのはやめにしようか。開場時間が迫っているからね。ではレストレード、もし他に用があれば後で電報か何かで連絡をくれてもいいよ。彼女をこれ以上待たせておくと、今度は僕の方が怒られてしまいそうだ」

少し歩くと、レストレードが待たせていたと思われる馬車の横を通り過ぎた。

「…トランプの話は、新聞にも載っていなかったと思うけど、僕の思い違いかな?君の方がずっと記憶力はいいのだし」

「いいえ、ワトソンさんが正しいですよ。ちょっと興味があって、飲んだくれの馬丁から聞き出したのです」

「また一人で危ない所にいったのかい?!」

「今のは失言だったね、アメリア」

「ええ全くです」

「ホームズ、頼むから君も少しは関心を持って言い聞かせてやってくれないか。僕は心配で、とてもじゃないが彼女より先に寝室に入ることができなくなってしまうよ」

「それはちょっと難しいよ。本棚に体をくくりつけておくか、部屋のあらゆる出入り口を封鎖する以外の方法がないからね」

全くと言っていいほど堪えていないホームズに呆れて、私はさっきのキツい物言いも指摘した。するとアメリアはさも心外だといった表情でじろりと私を向いて、先ほどのレストレードを見るような眼差しだった。

「私は、おふたりの興味をそそる『面白い事件』にはとても敵いません。だから優先順位が私に回って来た時くらい、おふたりの隣という居場所を独占したって構いませんでしょう?誰にも邪魔されたくありません」

ふいと顔をそらし、私とホームズの腕に自分のを絡めてぐいと引っ張った。彼女がどんどん早足で前へ進むので、私たちは半ば引きずられるように歩いていたが、その時に横目でみたホームズの戸惑いの表情は、未だに忘れられない思い出である。

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