続あの子の初めて/下


***




「……い、おい、ユズ…おい!起きろ!」

「わあ!!」

突然揺り起こされて、ジャズの姿を認識した途端私は飛び跳ねた。眠る前よりも随分と人が増えたものだ。隣で体を起床に切り替えようと頑張ってるオプティマスと、私を叩き起こしたジャズの他には、後ろに控えたアイアンハイド、そしてメガトロン様とスタースクリームがいる。メガトロン様の方はチェシャー猫のにやにやのようなにやにや顔で、スタースクリームはしかめっつらのイライラ顔で立っていた。

「お前、オプティマスとこんなところで何やってるんだよ」

「何って…見ればわかるでしょ?」

寝起きでまだ状況が飲み込みきれずにいたこの台詞が、周囲に与えた衝撃は絶大だった。ジャズはふらりと後ろによろめいてなんとか立て直していたし、スタースクリームはあばずれだの尻軽女だのと激しい罵詈雑言をこちらに浴びせ始めた。

「うるさいスタースクリーム!ちょっとメガトロン様、なんとか言ってください。大体こんなところに閉じ込めたのは、…」

「どうだ貴様ら、俺の言った通りだろう。まったく呆れたものだ…まさかこんなところで事に及ぼうとは、プライムの名が聞いて呆れる」

な、何を言いだすんだこのひと?!私はともかくオプティマスに変な言いがかりはやめてほしい。誰か何とか言ってくれと助けを求めて視線を彷徨わせたが、先ほどから無言のアイアンハイドがひどい威圧的な態度で腕を組んで私たちを睨んでいる。どうしよう、言葉を発しただけでも殴られそう。

「一体どういう事だ、プライム」

アイアンハイドは絞り出したような低い声で、わざわざ「プライム」と呼んだ。オプティマスは未だ思考がハッキリしない様子であり、現在の状況すら把握がままならない有様らしい。

オプティマス自身が人間モードのままスリープするのに慣れていないため、恐らく意識が明瞭になってくるまで倍の時間がかかっているのだろう。人間でいう「寝ぼけている」状態である。額に手のひらを押し付けながら、やっと言葉を口にした。

「すまない、アイアンハイド…よく覚えていないんだが」

一瞬で空気が凍りついた中、メガトロン様だけは笑いをこらえるのに必死らしくひとりでかなり辛そうだった。

「おい、クズ女!なんでよりにもよってそいつなんだ、どう贔屓目に見ても俺様の方が美しいだろう!」

「…とりあえずその言葉に対してコメントするなら、スタースクリームとオプティマスを比べる事自体間違ってるからね。同じ土俵にいないし」

「ユズ…正直言うと、他のバカどもの手にかかるなら俺が、なんて思ってた事もあったんだが…相手がオプティマスなら納得がいくってもんだ。俺たちのリーダーを頼む」

「いや、いやいやいやジャズ唐突に気持ち悪い心の暴露しなくていいから落ち着いて!みんなちょっと脱処女くらいで大げさ…じゃなくて事実無根、そう、事実無根だから!オプティマスお願い、ちゃんと目を覚まして言ってやって!オプティマスってば!」


結局、ほとんど眠りの世界にいるオプティマスが完全に目覚めたのは30分後のことで、誤解が解けぬまま話は流れてしまった。メガトロン様の陰謀説を唱えようとする度、彼が私の話を遮ってしまうのである。

とにかくアイアンハイドだけには、後日かろうじて理解してもらうことができたのだが、噂が広まるのは早いものでオートボットやディセプティコン全体に及んでしまった。まったく肩身が狭いったらない。

「感謝されて当然だが、文句を言われる筋合いはない。どうだ?奴らから言い寄られることもなくなっただろう」

メガトロン様が偉そうに言った。確かにその通りだが、オプティマスの尊厳が深く傷ついた気がしてならない。私がひたすら謝ると、彼は「済んでしまったことは仕方がない」と逆に私を慰めた。

「とりあえず、折を見て私からもてきとうに取り繕っておこう。君に迷惑をかけた輩にキツく言っておくこともできる」

「…ほんとにごめん。私が余計なことを言ったばかりにこんなことになっちゃって」

「いや、こちらこそあの場で否定しておけばよかったのだが、すまなかった」

「だが、貴様は覚えていないのだろう?本当に何もなかったと言い切れるのか?」

「ふざけるのも大概にしろ、メガトロン」

「そうですよ、言いがかりです。オプティマスが覚えてなくても、私がしっかり覚えてますから」

「はあ…情けない。嘘の方がよっぽど堂々としておるな」

「私が彼女の同意なしにそんな馬鹿げた行動をとるわけがないだろう」

「そうそう。オプティマス、もっと言ってやって」

「ほう…同意があれば別ということか」

「だから、いちいち揚げ足取るのやめてください!もう…これじゃ別の問題が増えただけじゃないですか。変な嘘が広まっちゃって」

「ふん、その点に関してはそこの腑抜に文句を言え。そもそも事実であったなら、お前の言う「問題」など、なにも無かったのだからな。だから最初から俺を選べばよかったものを…」

もう無茶苦茶だこのひと…。まあほんとだったら私がこんな口利いていいようなひとじゃないのだが。大体、この嘘が事実だったら逆にそれこそ問題である。

「ユズ、絶対にその必要はない」

「うん平気。その予定もないよ」

「君が望んでくれるのなら、私には『嘘』を『事実』にする覚悟がある」

「うん覚えてお…………、え、えっ?ええ?いやいやいや、大丈夫、そんな思いつめないで。私なら平気だよ、本当に」

オプティマスは微笑んだだけで、返事はしなかった。まさか本気で言ってるわけじゃない…はずだ。いや、オプティマス・プライムに限って、絶対にあるわけがない。

これ以上真実を問い詰める勇気は私には無かったが、ひとつ確実なことがある。それはこの先も一生、この件に関してメガトロン様に感謝することはないということだ。
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