続あの子の初めて/上
ここ最近、私の純潔を狙うサイドスワイプやディーノにあの手この手で追い回され、スタースクリームにはつけ狙われて、その他の視線さえ必要以上に気にかかるようになってしまった。大抵はショックウェーブの研究室に引きこもっていればやり過ごすことができるのだが、彼は私がいても全く無関心の時と、部屋を一人で占領したい時があり、後者の場合あっさりと私を門前払いしてしまう。
深呼吸の末ついた盛大なため息は、オプティマスの耳に入ったらしい。彼の手が肩に置かれて、「何か悩みでもあるのか?」と聞かれた。
「ううん、何も。ショックウェーブに追い出されて落ち込んでるだけ」
「奴の思考はまさにこの星の天気のようだな。君を実験に巻き込んだと思えば、都合の悪い時はこちらの用件など全く取り合おうとしない」
「あっ、で、でもね、明日は来てもいいって、言ってくれたんだよ。あはは…へいき平気」
私はショックウェーブを批判されると、自分から話を振ったにも関わらず彼を庇ってしまう癖がある。自分でもうんざりしているが、これがなかなか治らない。取り繕うように無理やり笑っていると、今度はメガトロン様が現れた。私の姿をみとめると、まっすぐこちらへ向かってくる。
「スタースクリームの奴がまたお前を探していたぞ」
「いい加減にしろとメガトロン様からも言ってくださいよ」
「この件については、俺の見解をすでに伝えておいたはずだが」
「うっ…それはそれ、これはこれです」
皆私の処女を狙っているというのだから、さっさと誰かに捧げてしまえというのがメガトロン様の妥協案である。まさかそんなことできるはずもなく毎日途方に暮れているというのに、とことん冷たい。
「ユズ、君の悩みの種というのはスタースクリームなのか?」
「え、いや、そうとも言い切れないところが痛いところなんだけれど、オプティマスは気にしなくていいよ」
「なんだ、こいつに話していないのか?」
「もう、メガトロン様は話をややこしくしないでください!いいんです、オプティマスは知らなくて!」
ついムキになってしまったので、オプティマスの反応が気になってしまった。こちらとしては悪気はなかったにしても、少し言い過ぎてしまったかもしれないと思ったのだ。
「ということは、オートボットも関わっているのか?ユズ、私に出来ることなら力になりたいと思っているのだが、私では役不足だろうか」
巻き込むつもりのない人を巻き込む形になってしまうのはどうあっても避けたい。言い訳を考えていると、またメガトロン様が余計なことを口にした。
「その言葉、嘘ではあるまいな、プライム?」
「当然だ」
「よし。では俺が特別に手伝ってやろう。ひとつ策がある」
「いい、いいです!遠慮します!ねえオプティマス、大丈夫だから」
「誰か知らないが、オートボットが君に迷惑をかけているというのなら私にも責任がある」
「決まりだな」
「決まってません!余計なことを言わないでくださいよ」
ふたりは渦中の人である私を完全に無視してさっさと歩き出してしまった。仕方がなく私も後に続いたが、メガトロン様はいくら聞いてもその「策」の内容を教えてくれず、ただついてくればわかると言って頑なに質問を拒絶した。
すると、ある倉庫の前で彼は足を止めた。そこはスライド式の古いドアではあるものの、さすが軍事基地であるだけあってオートロックの堅固なドアだ。にも関わらず、中はガラクタといっていいほど軍隊に意味をなさないあまり物ばかりで、ほとんど誰も気にしていないのが現状だ。メガトロン様はその扉を全開にしてしまったが、そもそもここはしまっているはずだろう。まさか遠隔操作でサウンドウェーブにでも開けさせたのか?そこまで手の込んだことをしてまで、一体何がしたいのだ、このひとは。
「ええと、ここに何が…?!」
私は言葉の途中、目を疑った。メガトロン様は素早く体を引くと、オプティマスを後ろから倉庫の中へと蹴り飛ばしてしまったのだ。ただ、それはほんの一瞬のことで、次は私までもがメガトロン様によって中に放り込まれ、扉をピシャリと閉められてしまった。慌てて開けようと手をかけたが、すでにロックされている。
「え、えええええ?!嘘でしょ…」
「……これが奴の『策』というやつか?全く意味がわからないのだが」
「ど、どうしよう…。壊しちゃおうか?」
「いや、これがそうだというのなら、まずは経過を見るべきだろう。私はさっき、はっきりと『君の力になる』と言ったばかりだ」
「そんな真面目に考えなくていいのに…」
私にはだんだん全容が見えてきてしまい、背筋がひんやりし始めていた。メガトロン様は、ここでオプティマスと既成事実を作ってしまえと言っているのだ。なんと単純で難解な解決策を押し付けてくれたものだ。オプティマスに言い寄って、私の初体験もらってください、とでも言えと?そんな痴女みたいな真似できるか!
「そういえば、君とゆっくり話をするのも久しぶりだな」
オプティマスは一番マシな場所に腰を落として言った。私も渋々向かい側に座り込む。
「うん、オプティマス忙しそうだもの。ちゃんと休憩とってるの?」
「予定のない隙間の時間にとるようにはしている。…そうだな、確かにここ3日間はずっとこの姿で過ごしているが、時々目が霞んだり体がふらつくことが多くなってきた」
「オプティマス…」
こんなに一生懸命で忙しい方を巻き込んでしまった自分を思い切り殴りたい。埃をかぶったガラクタまみれになっている倉庫で、私になんか付き合わせてもいい存在ではないのだ。
「オプティマス、寝て」
「は?」
「今すぐ横になって眠ったほうがいい。私ね、まだみんなのその体のことは勉強中だけど、疲労には人間と同じように睡眠をとることが大事なんだよ」
「だが、私は」
「何言っても駄目。オプティマスが寝ないなら、私が先に寝るから。おやすみ」
床の埃を雑にとっぱらって、私はごろりとその場に横になった。今更汚いところでなんて眠れない、なんていう清潔な女子なんかじゃない。オプティマスは観念したのか、ようやく私の隣に体を横たえて、天井を見つめていた。
「こうして横になったことはあまりないな。ラチェットの診療台くらいか」
「確かに、私が最後にオプティマスが横になってるのを見たのは一度マトリクスの光が失われた時だったな」
「嫌なことを思い出させるな、君は」
「だって私、オプティマスがいてくれて本当に良かったと思ってるんだもの。オプティマスがいなかったら、私たちに未来なんかなかった。オートボットにも、勿論ディセプティコンにも。サムにはすごく感謝してる」
今でも、彼に光が戻った瞬間を鮮明に覚えている。ただの抜け殻になってしまった金属の塊が、生気なく横たわっているあの光景は、まさに「絶望」そのものであった。いたるところで銃撃戦が繰り広げられる死の床から、息を吹き返したあの瞬間の「希望」は、私の記憶野に焼きついて色褪せない。
「…認めたくはないが」
オプティマスが一呼吸分の間をおいて口を開いた。
「私はショックウェーブに感謝しなければならない」
「オプティマスが?なんで?」
「君が生きている」
横目で視線を投げて、オプティマスは微笑んだ。私の持つ言葉では、この歓びを言葉にできないことが悔やまれる。真摯な眼差し、凛として澄んだ声、緩やかに弧を描く薄い唇、それらはまるで琴線を弾いたように私の神経を震わせた。
「おやすみ、ユズ」
おやすみなさい、と返した声はしっかり普段通りに聞こえただろうか。
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