些細な一悶着
★和解
★ラチェット視点
脚の連結の具合が悪いと訴えてきたユズへ今は手が離せないことを伝えると、居合わせたショックウェーブが代わりに診療(彼の場合は観察ともいう)をすることとなった。だがそこへジャズがユズを尋ねて飛び込んできたものだからタイミングが悪い。彼は未だユズの体を実験体として扱うショックウェーブにあからさまな嫌悪を示していた。
このままではショックウェーブとジャズ…というよりは、ショックウェーブを崇拝するユズとジャズが衝突し兼ねない。私は彼をそばに呼び、何が起こっても絶対にその場から動かないことを約束させると簡素なパイプ椅子へとその身を座らせた。
「脚の調子を診てもらうだけなのに、大袈裟だよラチェット」
と、ユズは笑っているが私はそうは思わない。ショックウェーブはさっさと済ませてしまいたいらしく、ため息をついている。もし彼がおしゃべりであったなら取り掛かるまでに要したこの時間がどれほど無駄であったかをくどくど説いていたに違いなかった。
「症状を簡潔に述べろ」
「付け根のあたりが歩く度にズレている気がするの。合わせて膝もなんだか怪しい音がするし…もし走ったりなんかしたら外れそう」
「そんな薄く無防備な格好で出歩いているからではないのか?」
「防御力は関係ないよ!それに今日はたまたまスカートの気分だったし調子が悪いのはこの間の仕事からで」
「もういい、黙れ」
問いかけた答え以外は口にするなと言わんばかりにぴしゃりと吐き捨てると、ユズは電源を切ったかの如く唇を閉ざした。静かな方が私の作業も進むのだし、ジャズの気性も始終落ち着いていられるはずだ。この時ばかりは多いに感謝しよう。
だが安穏の時はいつまでも続かなかった。ユズの甲高い悲鳴が体と一緒に飛び上がり、座っていた診療台を蹴ったらしくガタガタ音を立てたのだ。
「今度はなんだ」
ショックウェーブは苛立っている。
「何って、い、いきなりそんなところ触るから!」
「今は人間と同等か、少々上回る程度の機能しか持ち合わせていない。触れなければ状況はわからん」
「だからってスカートのなかに、てっ、て」
我々がいることを思い出し途中で言葉を濁したが何が起こったかよくわかる。ジャズはショックウェーブにも負けず劣らずに苛立ち始めていたが、私が睨みをきかせてやっと椅子に腰を縛り付けていられるような有様だ。
「そんな布切れ越しでは感覚が鈍る」
ユズの抗議を聞きいれる暇すら惜しいらしい。科学者らしく無関心に告げてから触診を再開した。私のいる場所からは全く見えないので後で騒ぎ立てていたジャズの言葉から拝借すると(といっても彼も私のそばにいたのだから対して見えているはずはないのだが)ユズの好んで着る短めのスカートの中へ奴は無遠慮に手を差し込み、さらりと指で腿を撫でてからギュッと力をいれたというところらしい。
「ここか?」
「違う。もっと右」
彼女の声は切迫している。
「なるほど。ではここだな」
「あっ、い、た!痛いっ」
「今日が初めてでもないのだろう」
「う…でも最近はなかったから」
「ということは此方もか」
「あう!やっ、はあ…くすぐった…んん」
「…。痛むのではなかったのか?」
「だってショックウェーブが…あっ」
その時、ユズの体はショックウェーブへと傾いて、彼のシャツをキュッと握りしめた。ほとんど反射的な不可抗力であったが、本人はすぐにショックウェーブから体を離し何やら言い訳めいたことを口走っている。
「ごごごめんなさい、わたし、そんなつもりじゃなかったの。ただ本当にくすぐったくて、咄嗟にやってしまったことなのだけど、もし不快な思いをさせてしまって本当に申し訳ないっていうのはちゃんと」
「…そうか。我ながら面白いものを造ったな、私も」
「面白い…ってあの、ショックウェーブ、聞いてる?」
「一度でも生体機能を停止した身体にこれほど繊細且つ高精度の神経が通っているとは…ユズ、この人間の身体で、お前がどれほど精巧な人形であるか、より深く確かめたい」
言葉一つ一つの意味は無機質であるが、男の私ですら赤面してしまいそうな台詞である。本人は至って真面目であるからたちが悪い。完全に硬直したユズとは裏腹に、もう我慢できないと全身で叫びながらジャズは椅子を吹き飛ばし立ち上がった。非常に腹を立てているらしく、私が何を言ったところで思いとどまりそうになかった。
「おい、年端もいかない嫁入り前の娘になんて口きいてんだ!今すぐ離れろこの淫行科学者」
「…貴様の言動は理解不能だ。何をそこまで興奮する必要がある?」
「してねえよ!ユズ、お前もお前だ。なんだその態度は?そんなんじゃあ悪い男に付け込まれたって文句は言えねえぞ」
「悪い男も何も…どっちかっていうとショックウェーブは私のお父さんだよ、おとうさん!!変なこと言って困らせないでよね」
「お父さんだと?!尚悪いじゃねえか!認めねえ、認めねえぞ!俺は絶対に認めないからなそんな奴」
どちらかといえばジャズの方が父親らしい言動であった。私が予想していたとおり、ユズは毅然とショックウェーブを擁護し戦場の弾丸のような喧嘩が二人の間で開始された。今やその渦中にいるはずの科学者は、まるで無関係であるかのように治療を放棄し部屋を出て行ってしまった。
「ジャズのせいで放ったらかしにされちゃったじゃない。もう、誰が直してくれるっていうの?私の脚!」
「自他ともに認める素晴らしいお医者様がここにいるだろ。なあ、ラチェット?」
先ほども述べたように、私は忙しいと言っているのになんという責任転嫁だろう。まったく、自分勝手な馬鹿者ばかりで苦労が耐えない。ではその素晴らしいお医者様の身は、一体誰が案じてくれるというのか。
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