純情に比例する




ユズにとって、ブレークダウンは心の拠り所でもあった。必要な時には駆けつけてくれ、くだらない冗談を言っても許してくれる。だから今、こんな状況になっていることが、なかなか上手く理解できなかった。

「ど、どうしたの?」

薄暗い倉庫。滅多なことでは、誰も入ってこない。もしそれが起こったところで、所狭しと積み上げられている物資の詰まったこの箱達が、ふたりを隠してくれるに違いない。

ブレークダウンは、ユズの細い手首を掴み、冷たい床の上に押し付けていた。いくら彼女でも、ブレークダウンに力で敵うはずがなく。抵抗しようとするものなら、さらに強い力が握りつぶさんばかりにきりきりと締めつけてくるのだ。

「考えなしに、こんなことしている訳じゃない。」

「ええと、?」

「…くそっ」

悪態をついて、目を逸らす。気まずく思っているのはどうやら、お互い様らしい。

「俺だって、お前が嫌がることは、したくねえんだ」

正直、ユズはどうすればいいのかわからなかった。もう少しヒントが欲しくて、ブレークダウンが何か話してくれないかとジッと待つことにした。

「だから、許可をくれ」

「な、何の?」

「このまま抱きたい」

えええ、と、間の抜けた声を出したのは百も承知だ。ブレークダウンも、表情を歪めた。本気で率直に言っているのに、それでも彼女に伝わっていないのかと、少し腹を立てたようだ。これ以上突飛な行動に出られても困るので、ユズは弁解するようになんとか話を続けた。

「だ、誰が、誰を」

「俺が、お前を」

「でっでも私そもそも経験もないしそういう役には立てないというかブレークダウン私のことそういう風に見てたんだそれなりに仲良くできてると思ってたけど私が勝手に勘違いしてたってこと」

「おい待て違う!別にお前を捌け口にしようとかそういうつもりじゃなくてだな」

「でもそれってこの状態と矛盾してるよ」

ブレークダウンは焦りと苛立ちを混ぜたような衝動に駆られていた。彼が獣のような唸りをあげたものだから、ユズはこれ以上彼を刺激する前にぴたりと口を噤むことにした。

沈黙。
この体制のままそれが続くのは辛いものがあった。今では不安というより、どうすれば彼と意思疎通ができるのかとそのことばかり考えるようになっていた。

だがそれは何もユズだけではない。ブレークダウンは観念したように、その身体からは想像できないようなか頼りない声を出した。

「お前を手に入れたいんだ。他の誰でもなく、俺のものにしたい。グズグズしてたらお前はどっかにいっちまいそうだから、他にいい方法が思い浮かばねえし、こうすれば手っ取り早いと思った。でもいざこうしてお前を目の前にしてみると、ひどい奴だと思われて逆に離れていかれるのも嫌で、って本当はこんなこというつもりじゃなかったんだぞ、この悪女。なんでわからねえんだよ科学者なんだから俺なんかよりずっと頭いいんだろうが」

ぽかんと口を開けてひたすら耳を傾けていたユズが我に返ったのは、彼の話の終わりから数秒たった後だ。
それならもっと短い言葉でも十分に伝わるのにと、そう思ったことは秘密にしておく。

つまり彼は身体のつながりよりもどちらかといえば、自分との心のつながりを欲しているのだろう。にわかに信じがたいがそう解釈すれば辻褄が合う。

意識した途端。ユズは羞恥でどうにかなりそうだった。ここまで熱く胸の内を語られたからには、自分も答えなければならない。
だが今の今まで彼を愛だの恋だのという感情で机上に引っ張り出したことはないし、この場でいきなり結論を迫られる身にもなってほしい。

「一応聞くけど、ここでノーと言ったらどうなるの?」

「その時は仕方がねえから、力技だな」

「や、やっぱり矛盾してるよ…」

「ここまで言わせて、俺を受け入れないお前が悪い」

なんと勝手な言い草だろうか。さすがディセプティコンである。

ユズは3度ほど躊躇して、顎を引きうつむき気味のままブレークダウンの目を見据えた。後にはひけない。それでも、選択する。

「乱暴なことはしないでね…」

意味を理解して、ブレークダウンは手のひらの力を緩めた。きっと間抜けな顔をしているだろうと、彼自身認めずにはいられない。彼女の言葉の破壊力は、申し訳ばかりのその理性を粉々に、跡形もなく砕いてしまうほどだったのだ。

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