頑固者同士



「ユズ?存じ上げません」

「また地上にいるのではないですか?」

「ええ、先程見かけましたよ。甲板の方で」

ビーコンの言うとおり、彼女はそこにいた。ゆったりと浮かぶネメシスから、白い雲を見下ろしているようだ。ドレッドウィングは、近づいて声をかけようかと考えたが、その際わずかな変化に気がついた。

意を決したように2、3歩足を進め始めたのだ。嫌な予感がよぎる。理解するより先に、ドレッドウィングは走った。そう、彼女はそのまま雲の中へ飛び込もうとしているのである。

両足が甲板から離れてしまうかと思われた時、腹部と宙の間に腕を差し込んで、その体を引き止めた。驚いたらしいユズは、自分を支えているのがドレッドウィングであるということを認識するまで数秒かかったようだ。

「何をしているんだお前は!」

怒鳴られた当人は、ポカンと口を開けている。

「ええと、実験だけど」

「またか!それならなぜこんなことする必要がある」

「新しいグランドブリッジのテストだよ。空の落下物にどれだけの…」

「お前がやる必要はあるのか?ここにはいざという時、飛べる奴らが大勢いるだろう!」

「…それはそうだけど、ドレッドウィングは、なんでそんなに怒ってるの?」

ディセプティコンは、他者に大して関心のない者の集まりである。ここで重要なのは、目的に必要であるか否か、ということだけだ。
この過剰な干渉に、不信感を持ったとしても仕方が無い。

「少しは自分のことに頓着しろ」

「ドレッドウィングが言えることじゃないと思うけどね」

「どうしてお前はそんなに頑固なんだ。周りの言うこともたまには聞き入れろ」

「よく言われるし、今始まったことじゃないでしょう。…ほんとにどうしたの?変だよ」

彼はまた大声を出しそうになったがなんとか堪えた。そして冷静に、自らに問いかける。
終わらぬ押し問答に、こちらまで熱くなってどうするのだ?と。

よくよく考えれば、彼女のいうことにも一理あった。この程度の議題で言い争うなどどうかしている。

「…お前が心配なんだ。何がいけない?」

抱えている腕に力がこもる。ユズは呆気にとられたあと、訝しげにドレッドウィングの表情を覗いた。

「ああ、そういえば…ドレッドウィングって兄弟いるんだっけ。心配性だってよく言われたでしょう」

「……。」

「だっだからどうしてそんなに苛々してるの?」

「少しでも期待した俺が馬鹿だった」

「とりあえず、離れることにしようよ。続きがあるならそれから聞くから」

やっと、しばらくの間この密着した体勢で立っていたことに気がついたらしい。まさかとは思っていたが、急に後ずさった彼の反応でそれを理解し、ユズは更に怪訝そうな顔つきになった。

「やっぱり、今日は少しおかしいよ」

「…そうかもしれんな」

「でも、その…ありがとう。ちょっとむきになってたかも。気をつける」

ユズは、誰にもよりかかろうとはしない。自身の体質、待遇を利用し、言い訳にしたことがなかった。いつでも背筋を伸ばし、前ばかり見ている。少なくとも、誰かがいる場所では。

理解しようとすればするほど、隙間からすり抜けて行ってしまう。単純で難解な性格だ。

会話がピタリと止まったため、横を通り過ぎようとしたユズをドレッドウィングはもう一度引き止めた。彼女のこの表情を見るのは、今日何度目だろう。

「お前にはもう何も期待しない」

あれもこれも嫌だというのなら、もう口を出すのはやめることにした。

「俺が勝手にそばにいる」

誰にも頼らないというのなら仕方が無い。こちらから手を差し出してやれば良いのである。




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