君のことばかり
肩を損傷したために、ノックアウトの診療台で大人しくしていたブレークダウンだが、傷のことなど忘れてしまいそうな台詞が飛び出してきたのだからさすがに驚いた。
「最近、ユズにベッタリじゃないか」
あまりに衝撃を受けたので台から転げ落ちそうなくらいに体が跳ねたが、そればかりはなんとか避けることができた。破壊が専売特許のような彼の情けない反応に、相方は呆れて額に手をやる。
「少しは隠す努力をしたらどうだ」
「してたんだよ!なんで分かるんだ」
「帰ってきては彼女のラボに足を運んで、廊下で見かければ呼び止めてどこかへ引きずって行き、そうかと思えば必要な時にしばらく姿が見えない。どう考えてもひけらかしているとしか思えないな」
あまりにもトゲトゲしい言葉の雨に、ブレークダウンは覇気をしぼめてどんどん大人しくなっていった。
「盛りのついた子供でもあるまいし」
「うっ、うるせえな」
「独りよがりは嫌われるぞ?」
「だ…だよな。わかってはいる、わかっては」
「…全く、呆れるよ」
仮にもディセプティコンの一員が小娘相手にこんな醜態を見せているなど、受け入れろという方が到底難しい話だ。
ここのところ、ブレークダウンはユズの一挙一動に踊らされ続けている。子供でもあるまいし、と、ノックアウトはリペアを続けながら静かに同じことをつぶやいた。
「なんつーか、その、あまりユズから近寄ってきたりしなくなった気がする」
「そう言われても、私にはどうすることもできん。自分でなんとかしろ」
「なのに俺の方は逆にユズが恋しくなる。…ああそうか、それが余計に嫌がられてるのかもしれねえな」
まるで他人事のように、随分と冷静であることにふと気がついた。
一体何をしたいのだろう?
今まで築き上げたものを犠牲にしてまで彼女が欲しいのか、それとも大切にしたいのか。離れて行って欲しくはないのに、拒否されることを承知してでも自身の元に縛り付けておきたいとも思うのだ。
ノックアウトが何か言いかけた時、丁度扉が開き、入ってきたのはユズだった。あまりにちょうど良いタイミングに、一同目をうたがった。
彼女はといえばブレークダウンを見るなり怪我をしていることを認識したが、それほど驚いたり心配している様子もなく、やや事務的に「あらら」と呟いただけだった。
「どうしたんです?」
「今やってる開発で、ノックアウトに手伝って欲しいことがあって。メガトロン様の納期って厳しすぎるよね」
そうですか、と答えたあと、ノックアウトはブレークダウンを一瞥してからリペアをそっちのけで彼女の方まで歩み寄り、よく見えるようにぐいと顔の方向を自身へ向けた。
「勿論、お助けしますよ。随分とお疲れのようですからね」
そうは言いつつ、ノックアウトは部屋を出て行ってしまった。後程戻ってくるのだろう、恐らくは。すべて放り出してどこかへフラリと散歩に出かけたのでなければ。
扉が閉まり後姿が見えなくなると、ブレークダウンに名を呼ばれた。振り返ると彼は怪我をしていない方の手でそばにくるように合図している。
その通りに隣まで歩み寄ると、力自慢だとは思えないほど優しく抱き寄せられ、座りやすいようにと膝を差し出してくれた。
「大丈夫?肩、痛そうだね」
「大したことねえ、これくらいは。…ユズ」
「今日はなしだよ。さっき聞いてたでしょ?ちょっと忙しくて…」
「そ、そうじゃねえよ!そんなに俺、お前のこと付き合わせてるか?」
「だって割と本気で抵抗するとブレークダウン、捨てられたペットみたいな顔するじゃない」
この言葉には、さすがに痛く衝撃を受けたらしい。押し黙って、目を泳がせてしまった。
「ちゃんと言わない私も悪いから気にしないで」
子供じゃあるまいし。
ノックアウトの声がブレインサーキットの中でこだまする。疲労で伏せがちのその横顔をみて、やっと思い出してきた。
らしくないことだというのは十分に自覚しているが、怯えて欲しいわけでも、気を遣ってほしいわけでもない。ただ、彼女に想ってほしい。それだけなのだ。
「き、気をつける」
「えっ、本当に?」
「それでお前が…喜ぶなら」
「……あ、ありがとう。素直すぎて若干恐いけど嬉しいよ」
「俺にも何か手伝えることあったら言ってくれ」
「あー…そうだね。壊すようなものあればお願いするよ」
先日壊された実験器具を思い出しながらもやんわり自然に笑った彼女は、最近みた中でも一番明るい表情をしていた。
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