白昼夢と訪問者

 

ゆらりゆらりと世界が揺れる。
船上とは違うその感覚に思わず顔を顰めるも、その瞳には未だ何も映らない事にスモーカーは諦めにも似た息を吐く。

「またか…」

深夜、ベッドに倒れ込むように寝入った夢はここ数ヶ月こんな風に暗闇の世界に置かれる。特に戦闘があった日は必ずといっていい程…ただ何もなく、何も聞こえず、自身の身体さえ朧げだ。最初こそ何らかの仕業かと警戒もしたが、今では諦めにも似た感覚でただ自分の目が覚めるのを待つのだ。
思わず吐いた呟きにジャケットの左胸に常備してある葉巻に手探りで指を掛ける…その刹那、これまでと違う日常に見えない視力を凝らすよう目を細めた。

ぼんやりと浮かぶ幻影は、白。
朧げだったそれは揺らめきながら形を作り、一人の少女を型どっていく。いつもと違う現象に僅かな躊躇いと期待を抱くも、その少女が傷だらけだった事に強面の顔を更に顰めるのは仕方ないだろう。

(…人間ではあるが、ここには実在しない。グランドラインが見せる現像か…?)

忙しなく動く思考に冷静であれと警鐘を鳴らす。映像のようなもので、果ては自分の夢の中。自分が出来る事はないのだろうと、成り行きを見守ろうと腕を組んだ時だった。

『……で、…ったの…』

大粒の涙がぽろぽろと少女の頬伝っていく。何がそうさせているのかスモーカーにはわからなかった、彼女の視線の先を見るまでは。無惨にも大破した鉄の塊からは火の手が上がり、その全てを包み込んでいるようだった。
漂う異様な臭いに眉根をしかめるも、キラリとした光に視線を戻せば、左肩から酷く出血する少女が震える手で割れたガラス片を掴む。

「…おい、」

スモーカーの伸ばした掌は空を切る。
届かない、掴めない、目の前で起きるであろう自分の夢の世界に、歯がゆさに強く歯を噛み締める。

『…ひとりは、やだよ…』



「…一人じゃねェ…生きろっ!!」



咄嗟に出た叫ぶ声に、大きく潤む瞳と目が合った。








「っ!……はっ、…」

強い光に暗転した世界に顔を顰めるも、薄く瞼を開ければ煙立つ視界がぼんやりと晴れていく。自身の能力が発動していたかと緩く拳を握ると、ふいに感じる人の気配。たしぎか、はたまた他の部下かとスモーカーは横になったまま目を彷徨わせれば、ベッドサイドに背預けたまま驚きを隠せないように女が目を見開いていた。


「……誰だ?」

僅かに警戒を含んだ低い声が響く。
歳は二十歳前後、見た目もそこらの人間と変わらなければ、殺気や怒気も感じられない。服装も軍服じゃないとなるとただの一般人かと思案を巡らせる中で、ぐるりと見渡した部屋は簡素過ぎる自身の部屋でも煩いほど賑やかな大部屋でもなければ、自分が寝ていたのは柔らかい匂いがする布団だった。

暫く身を固くしていた女が意を決したように身構えると、物言いたげにはくはくと忙しなく動く唇に何かを感じ取れるものもない。小さく息を溢せばゆっくりと身を起こす。


「…声、出ねぇのか?」


今度こそ一服と胸元の葉巻をまさぐりながら不躾な問いを投げ掛ければ、ハッとしたように慌て始めた女が取り出したのはA4サイズの紙だった。




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リゼ