模合(もあい)






「ねえ、ゆりちゃーん、でてきて?」

「・・・・」

「ごめんってー、謝ってるやし」

「・・・やだ。許さん」

ゆりかがトイレに籠城して、出てこない。

もう1時間になるか。

壮絶な便秘だからではなく、ただの閉じこもり事件。

もう俺の膀胱はパッツンパッツンで、もう少ししたら床上浸水事件に発展すると思う。

なんでこんな事になったのか。



今日はバイト先の友人たちと、俺の部屋で鍋パーティをした。

まだ鍋をするほどの気温じゃなかったけど「もうスーパーで鍋の出汁がいっぱい売ってる!」とゆりかが目を輝かせるもんだから、つい家飲み模合が鍋になったのだった。

俺たちは、月に1回飲み会をする。

これは沖縄の風習というか、習慣なんだろうな。

昔から皆、あたりまえに模合という無尽講みたいなものをしていて、いまでも若い世代からじーさん、ばーさん、みんなやってる。

無尽講というくらいだから、毎月金を出し合って、順番に誰か1人がその金をもらえる。12人いたら、1年に1回金が回ってくる。

模合によっては、デカイ金額なんだろうな。

俺たちのは安いし、飲食の費用もそこから出すようにしているから、ただの飲み会になってる。

「模合金もってかないといけないからな」

と言うと、堂々と月1で飲みに行ける。

「えー、また模合?この前行ったじゃん」

「この前のは、ほら、同級生模合さー」

「ふぅん、じゃ仕方ないか」

てな具合で、沖縄の飲み会に対するフットワークの良さは、金を持っていかなければ!という責任感の現れなのだ。

で、今夜は俺が金を貰える日だった。

いつもはバイトの先輩の友人がやってる串揚げ屋が多いけど、今日は俺のアパートにしてもらった。

そのほうが安くつくし、ゆりかをみんなに見せたいという気持ちもあった。

内地からの旅行客だったゆりかをナンパして、なんだか気が合い盛り上がって、同棲なんてしちゃっている。

しかも、かなりの美人。

なぜかバイト先の友人が信じてくれない。

今夜証明してやる!と、張り切っての鍋パーティだった。

両手に島酒やら、ビール、チューハイでいっぱいになった袋を持った野郎どもは俺のアパートに入ってくると、

「おぉ」

と、瞳孔を開き気味にしたが、ゆりかと目が合うと恥ずかしそうに視線を外したりしていた。

俺は、野郎どもの挙動不審に満足しつつ、俺の女の足首注視すんじゃねー、などと思ったりした。

そこそこ酒が進むと、野郎どもも美女に慣れてきたらしく、気安く話しかけだした。

「で、ゆりかちゃんはー、ゆうすけのどこがいいわけ?」

「えっと、優しいところとか・・・」

「はっしぇ!ゆうすけ優しいって?優しいってよー、ゆうすけぇ」

「実家の両親とか、怒らんわけ?いきなり沖縄でさー」

「だからよー」

ゆりかは、献身的に鍋を作ったり、氷を運んだりしている。

俺は、いい女だなぁとニヤつきながら島酒を飲んでいた。

鍋の具があらかた無くなった頃、としきが

「シメに何入れるー?なんか雑炊って感じじゃないなー」

「あー、うどんとか麺にするか?」

「もっとこってり系やしー」

「そばがいいさ」

「あー、うち今そばないし」

「ゆうすけ、私買ってこようか?行ってくるよ?」

「まじ?ありがとー、ゆりかー」

酔った俺は、ゆりかに投げキッスをした。

すると、もっと酔ったちょうえいに首を締められた。

「お前!破廉恥ど?こんなしてやる、うりー」

「自分の彼女やし、いいやしー、うひゃー」

ゆりかは、逃げるようにして玄関から出て行った。

買い物は、随分長かったと思う。

アパートを出て、すぐ脇の大通りに出たら向いにファミマがあるんだから、こんなにかかるわけがない。

夜にひとり歩きさせるべきじゃなかったか?人通りが少ない街ではないんだが。

ちょっと心配になってきた頃、ゆりかが帰ってきた。

「お前、なにやってたー?遅いから心配したやし?」

「だって、ファミマにお蕎麦が売ってないから、サンエーまで行ってきたんだもん」

近くのコンビニじゃなく、少し先のスーパーまで歩いたのか。

袋を受け取ったとしきが、一瞬固まって、崩れ落ちた。

「ぎゃはははははは」

としきの手に握られてる物を見た一同は、大爆笑だ。

「ちょー、ゆりかちゃんっ、だ、だめだ、これツボにハマった・・ひぃ」

「やっちまったなぁ〜」

ひとり、ゆりかだけが首をかしげた。

「あ、あのさ、ゆりか、そばって、沖縄そばね。これ、日本蕎麦。ぶはー」

「えー、そうだったのー」

困ったような顔でゆりかは蕎麦の乾麺と鍋を見比べると、

「やっぱ、鍋のシメにお蕎麦って不思議だなぁって思ってた」

俺は、超可愛い!と思った。

飲み会はその後も遅くまで続き、鍋のシメも冷凍ごはんで無事雑炊になり、夜も深ーくなってからお開きになった。

野郎どもが泊まらずにちゃんと帰ったのは、俺とゆりかに遠慮してのことだろう。

いい友だちだ。

しかし、問題はその後だった。

ゆりかはビールの空き缶をゴミ袋に入れながら、ぽつりと言った。

「あんなに笑わなくてもよかったのに・・」

「ん?」

「そば」

「あー、あれな。沖縄でそばって言ったら沖縄そばだもんな」

「知らないよ、そんなこと。お蕎麦はお蕎麦だもん」

「いや、あのこってりスープに日本蕎麦はあわんだろ、流石に」

「わざわざ遠くまで買いに行ったのに」

「それくらいで怒るなー」

ゆりかは俺に向かって空き缶いっぱいのゴミ袋を投げつけると言った。

「こんな飲み会、大嫌い!みんな何言ってるかわかんないし、どうせ私は、よそ者だもん!」

そして、トイレに駆け込むとガチャリと鍵を閉めた。

1時間が過ぎ、飲み会後の俺の膀胱が死にそうになり、不本意ながら風呂場にしてしまった。

「ねえ、ゆりか・・・出てきて?あのさぁ、今日うちで模合やったのはさ、理由があってさ?」

「何?」

「見たらわかるから」

「・・・・」

カチリと鍵の開く音がして、トイレの扉が5センチ開いた。

俺は無理やり開けたりはしないで、そっとその隙間に握った拳を差し入れた。

ゆかりの顔の前で拳を裏返して広げると、この日のために用意したものが手のひらに乗っている。

「指輪?」

「模合金で指輪買おうと思ってたんだ。あんまり高いもんじゃないけどさ・・」

「ううん、綺麗・・」

「結婚しよ?」

トイレのドアが勢い良く開くと、ゆりかが飛びついてきた。

「うん!」

俺の首根っこに抱きつきながら、ゆりかが鼻をすすっている。

ゆりかの背中を撫でながら、なにもしてなくても、やっぱトイレから出たら手を洗ってほしいなと。


ちらりと思ってしまった。



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