ブーゲンビリア
庭に植えるなら、ブーゲンビリアにしようと嫁にきた時から野望を抱いていた。
もし、庭のある家が持てるのなら。
夫の祐介は次男だし、当然実家を継ぐのは兄の圭祐だと思っていた。
だから、夫の母との同居話が持ち上がったときは、は?と固まってしまって、ずっと固まったままだったのでいつの間にか、2世帯住宅も完成してしまった。
義母は気が強く、どんな事だって自分が正しく、なおかつそれを周りに強要する人だから、気の強い兄嫁とは合わず、いつもぶつかっていた。
適当に相槌を打ちながら、まったく会話の内容を脳に記録しない私とは喧嘩にはならないが、だからといってそれが平和ともいえなかった。
小さな苛立ちは、袖口や襟元とか、靴の中に少しづつ砂のように溜まっていった。
「瑠美さん、これじゃあだめよ」
恵子が指差したのは、昨日造園業者に植えさせたばかりのブーゲンビリアの根本だ。
「ブーゲンビリアの根はね、すごく張るのよ。こんな塀のすぐ脇に直接植えたら、すぐに塀が駄目になっちゃうじゃないの。大きい鉢にでも植え直しなさいよ」
敷地の道路側の面には、石をきざんで積み上げた古い塀がある。
今は亡き義父が造ったものらしく2世帯住宅を建てるときも、これには傷をつけないようにしたため、駐車場スペースがかなり削減された。
「…はい」
「どうしてわからないのかしらね。考えればわかるでしょうに」
可愛いブーゲンビリアの小木たちは、それぞれ大きな鉢に収めなおされ、歴史を感じさせる石塀の内側にに沿って並べられた。
朝いちでスーパーのセールで買いに行ったのは、恵子が体の余分な脂肪を吸収してくれると信じているお茶で、定価だと普通のお茶が倍買える。
門の前に停めた車から降りると、両手にパンパンになったエコバッグを玄関横に置いた。
車を駐車場に入れるためにもう一度乗り込もうとした時、玄関の扉が大きく開き、置いたばかりの荷物を倒した。
「あらやだ。瑠美さんおかえり、これ邪魔。ちょっとお友達とランチしてくるわ」
倒したペットボトルを直すことなく、恵子は日傘を広げるとご機嫌で出かけていった。
買ってきたものを冷蔵庫に入れ、庭に出てみた。
(ブーゲンビリアにお水をあげよう)
ホースを使って、抱え切れないほど大きな鉢に収まったブーゲンビリアの小木に水をかけていく。
石塀の陰に小さな濃いピンクの花が搖れている。
鉢に隠れるように咲いた日々草は雑草で、それにも水をかける。
気が滅入っていた。
これから、長い時間自分は鉢の中で脚が伸ばせないのだと思う。
なんて窮屈な。
一旦家に入ると、工具箱を取ってきた。
カナヅチを握るとブーゲンビリアの鉢に向かってしゃがみこんだ。
そして、家からは見えない面の下の部分を優しく叩いた。
割れることのない絶妙な具合で、全ての鉢に小さな亀裂を入れた。
そのヒビは、希望になる。
何年かたてば、きっとブーゲンビリアの根が鉢を押し破り、地面に広く這い回り、石塀を突き崩すだろう。
今日も、私は笑顔で庭の花々に水をやる。
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