待ち望んでいたのは

※獄寺はイタリア、ハルは日本に居る設定で遠恋


この日のためにイタリアでの溜まりに溜まった仕事を片づけて、日本に来るなり恋人に言われたのは「獄寺さん!買い物付き合って下さいっ」の一言だった。


「う〜ん悩みます…」

女物以外は置いていないので、かといって何をするでもなく、時計の針が2周するのを俺は彫像のごとくに黙ってやり過ごしていた。
俺をここに連れ込んだ張本人は一向に決まる気配のない服を鏡の前で当ててみたり、元あった所へ戻したりとやたら忙しくきょときょと動き回っている。

何だって女って生き物はこんなに買い物に時間をかけるんだ…。
服をとろうと背伸びした動きに合わせて、そいつのスカートがひらりと揺れているのを目の端で捉え嘆息しそうになるのを、あいつの部屋で見てしまった屑かごの中身を思い出して、ここはぐっと我慢する。
時間が過ぎるごとに増すその度合いは、煙草に手が伸びる回数とぴったり比例していた。

「獄寺さんはどっちがいいと思いますか?」

こっちの気も知らないで顔をぱあっと輝かせながら振り向くそいつに、無意識にニコチンを求めてさまよっていた右手を中途半端な位置で止める。両手に持っているのはワンピースとチュニック。

「…右」

「えっ右ですか!?う、う〜ん…」

…悩むなら聞くんじゃねぇよ。内心ため息をついて胸ポケットに手を伸ばし目的のものを掴む。が、軽い感触。今度は実際に大きく息をついた。

「獄寺さん?」

小動物を思わせる黒目がちな目で小首をくりっと傾ける女の手には、さっきとは違う服があった。

「す、すみません。お待たせして」

しゅん…と俯けば長い睫毛が白い肌に影を落とす。
空っぽになったケースをくしゃりと握りつぶして元あったところにねじ込む。
もういい加減限界だ。

「貸せ」

三つともひったくってレジへと持っていく。

「はひっ!ハル全部買えるほどお金持ってきてないですよ!?」

その言葉を無視して、自分の財布を取り出しカードで支払いを済ませる。

「とりあえずの誕生日プレゼントだ。…悪ぃな。選ぶ時間なくてよ」

本当は今日一緒に選ぼうと思っていたけれど、帰ってくるなりここに連れて来られてしまったのだから仕方がない。
服の入っている紙袋を、ぐいと押し付ける。

「…はひ?」

「誕生日だろーが。今日」

押し付けられた袋をぱちくりと音が出そうなほど瞬きして見下ろして、そいつは素っ頓狂な声を出して叫びやがった。
石のように過ごした今までの2時間を無に帰す一言を。


「すっ、すっかり忘れてましたぁっ!」


………。
…………何だと?

「…はぁ?」

ハ、ハルとしたことが!とか言ってるそいつに今度は俺の口から間抜けた声が出た。

「てめっ今日の日付け、カレンダーにかこってたろうが!」

真っ赤なサインペンで何重にもぐるぐると。(しかもご丁寧なことに花丸だった)
部屋のゴミ箱に捨てられていた先月の暦はバツ印で真っ黒に埋まっていて、こいつが指折り数えてこの日を待っていたことを証明していた。
それを見てしまったからこそ今日一日はとことん付き合おうと決めて、我慢に我慢に我慢を二乗してきたのだ。…それを、忘れていたとはどういう量見だ。

「〜っそれは」

まさかそんな細かいところまで見られているとは思っていなかったのか、気まずそうに目線を泳がして、やがて消え入りそうな声でこう言った。


「獄寺さんが帰ってくる日だからですよぅ…」


口を尖らせて下を向くそいつの赤い顔に、柄にもなく息が詰まってしまった。
また無意識に動こうとする右手を、ぎゅっと握りこむ。
…人間には限界っていうものがあって、それはもちろん俺だって例外じゃなくって、だけど今日は一生分の忍耐力を使ったと自分を褒めてやりたいくらい我慢を重ねてきた。

(ホントにてめぇは、人の気も知らずにさっきから)

だから、これくらいのことしたってバチは当たんないはずなんだ。

「おいアホ女」

「はい?」と無防備に顔を上げた柔らかい唇に、自分のそれを問答無用で押しつけてやった。







(こここ、こんなとこで何を血迷ってるんですかぁっ!どうしちゃったんですか獄寺さん!?)
(…他に言うことねぇのかよ!)
(い、いつもより苦がかったです)
(そのくらい我慢しやがれ)







*あとがき*→






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