…一番に


明日って予定ありますか?と、ハルが珍しく遠慮がちに聞いてきたのが十時間前。
そして、今。

「…おまえは、もう帰っていいから」

この仕事が一区切りつくまでは無理だ。と答えた俺に、じゃあ手伝います!と(何故か)ハチマキを巻いて雑務をしてくれていたが、ぶっ続けで十時間はさすがに疲れたようだ。
ソファにもたれ、うとうととしているハルに獄寺はため息を吐いた。おかげでだいぶ片付いたのだが、積み上がった書類の山はまだ終わりそうにない。
せめて仮眠室に連れて行こうとするが、

「嫌…」

「嫌って、おまえな…」

幼子のようにぶんぶんと首を振るハルに、そういえば何で手伝うと言いだしたのだったっけと、睡眠不足の頭で原因を探る。そうだ、確か明日の予定を聞かれたんだった。

「だって…いちばんに…言ってあげたいん…です」

こくん、こくん、とソファの上で船を漕ぎながらおぼつかない口調のハルは続けた。

「おめでとう…って…」

言った直後、ひと際かくんと落ちる。
おめでとう?おめでとうって何だ。それは祝辞である。…祝い事、何かあったか…?

「…ああ」

仕事に忙殺されて日付の感覚がすっかり麻痺していた。
明日は(と言ってもあと数分だが)誕生日か。俺の。
言われてみれば、ここ数年この季節は任務やらなんやらで海外に行っていた気がする。必然的にハルとは数日後、下手をすれば数週間後に会っていて、それでもこいつはいつも通りの笑顔で祝ってくれていたから、そんなこと考えてるなんて思いもしなかった。

(…俺は覚えててくれただけで、十分だったんだけどな)

と、去年のハルがばかでかいバースデーケーキを持ってきたところで、「ピ」と腕時計の小さな電子音が回想を遮った。
数秒遅れで部屋に備え付けのアンティークの置時計が鳴り、日付が完全に変ったことを告げると、まどろみに落ちていた女の瞼がゆっくりと持ちあがって、微妙に定まらない焦点で俺を見上げてきた。

「獄寺さぁん…」

とろんとした上目遣いに心臓が跳ねて、これから言われるだろう祝いの言葉に照れに似た緊張感で背筋が伸びる。
向けられた顔がにふにゃりと崩れ、あどけなく笑った。






「だい好きですよぉ…」






「なっ…」

…んだそりゃ…。
思わぬ不意打ちに、一気に脱力して座りこんでしまった。
“おめでとう”じゃねぇのかよ。
赤くなってしまった顔を誤魔化すように頭をがしがし掻いて、腕の隙間から見上げればさっきとは逆に俺の方が上目遣いになる。爆弾を落としていった帳本人はというと、言うだけ言ってすっかり夢の中のようだった。
確実に上昇してしまった熱をどうしてくれる。
幸せそうな寝顔が少し気に食わなかったので、額を軽く指で弾いてやると「むー…」とかなんとか寝言が漏れて眉間にしわが寄った。
その様子にふっと笑みが零れる。

「…しょうがねぇなー」

仕事の時だけかけている眼鏡を外してチェストに置く。
思いがけないプレゼントの礼に、まだまだ山積みの仕事は目が覚めてからの俺に任せるとして、今日最初の時間をコイツの隣で過ごそう。
ソファの空いたスペースに腰かけ、コイツって子供体温だよなーとか久しぶりに活字以外のことを考えながら、深い眠りにおちていった。





*********

獄寺、お誕生日おめでとう!
…一週間近く遅れてごめん。


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