今更言えない。


「恭弥さぁ、髪型変えねぇの?」

「何?いきなり」

許可した覚えはないのに、自称家庭教師は勝手知ったる他人の家といった感じでソファに寄り掛かりくつろいでいる。脈絡のない質問に雲雀は眉を寄せた。

「だって、ずっと同じだと飽きねーか?」

確かに変える必要性も感じないのでここ数年同じ長さで切りそろえていた。

「貴方には関係ないでしょ」

にべもなく言って、目の前の書類に目を通し許可するものにさらさらとサインしていく。

「まあ俺には関係ないけどさ、少しは恋人の好みに合わせるとかしてみたらどうだ?」

“恋人”という単語が聞こえ、無意識のうちにペンが止まった。

「いやぁ、この間クロームに会ってときに山本くらいの短髪が好きだとか言ってたから」

長期任務に出ていてしばらく会えていない彼女の名前を出されると、またも意志と関係なしに身体が反応する。しかも違う男の名前が出てくるとは思ってもみなかった。

「最近倦怠期のマンネリ化で別れる恋人多いらしいし、油断してると愛想尽かされっぞ」

くくっと嫌な笑い方をして、(余計なお世話だ)じゃあ、俺ちょっと用事あるから!と来る時も勝手だが、出て行くときも勝手にばたばたと立ち去っていった。…今度会ったら絶対咬み殺してやる。

ようやく訪れた静寂にため息をついて、中断していた仕事に集中し始める。今日中に仕上げなければいけないもの多いし、何より帰ってくる恋人と過ごす時間を空けるために急いで片づけなければならない。
書類に目を通そうと俯いた額からはらりと影が落ちてくる。

「……。」

眼の際にかかる前髪を摘まみながら、これから久しぶりに会う彼女のことを考えた。


*****


数時間後、帰りに風紀財団のアジトに寄ったディーノは絶句していた。

「恭弥!?」
さっき会ったときには目にかかるほどだった前髪は短く切られ、全体的にもさっぱりした印象になっていた。

「別に貴方に言われたからじゃないよ。最近切ってなかったからね。」

いやいや。明らかに今日の会話が要因だろ。ちょっと切られすぎた。と唇を尖らせている恭弥は今まで見たこともない表情をしていて、ぽかんと開けていた口から自然と笑みが零れた。

「ははは!でも似合ってるぜそれ!」

なんだかんだいっても、ベタ惚れなのだ。中学時代からてんで聞き入れようとしない俺の意見に耳を傾けてしまうくらいには。

「貴方に褒められても嬉しくないよ」

口ではそう言いつつ、満更でもなさそうな教え子を微笑ましい気持ちで見ながら…


…ディーノは内心、滝のような汗を流していた。



今更言えない。


― 今日はエイプリル・フールだぜ☆
…なんて。


(どどどどうしよう!!ロマーリオ!)
(何がだ?)
(ホントに切るなんて思ってなかったんだよ!)
(―まさか恭弥の恋人が言ってたっていうの…)
(う、嘘なんだ)
(…。)
(っ、だってあいつ、この間俺の髪型オヤジくさいとか言いやがったから…くそっセットに何時間かかったと―)
(くだらねぇな。俺は帰るぞ)
(っ薄情者ぉぉぉぉ!!)

*****


「ただいま!恭弥」

「お帰り」

「…その髪どうしたの?」

ぱちぱちと何度か瞬きした後、不思議そうに黒髪に触れてくる。

「え?だって君が…」

私が?きょとんと首を傾げるクロームとの微妙に噛み合わない会話。困惑気味の恭弥は途中何かに気付いたようにビタリと動きを止めた。

…ヤバイ。
恭弥の後ろに黒いオーラがたちこめていくのが見える気がした。

「ねえ、」

ゴゴゴゴといった効果音がぴったり合うような動きで、ゆっくりとこっちを向く。

「―どういうこと?」

地獄から響いてくるような低い声と共にこちらへ向けられた顔には薄い笑み。そのギャップは恐ろしさを際立たせているだけで、さっきから頭を巡る言い訳の数々を凍らすには充分だった。我知らずに飲み込んだ唾がごくりと音をたてる。

「エ、エイプリルフー…」
ドゴォォ!!!!
「うわああああっ」

一応言ってみたイベント名も虚しく、いつの間にか取り出したトンファーがすぐ横の壁を大きく抉る。

「きょ、恭弥!私その髪型も好きよ?」

いまいち状況を飲み込めずに立ちつくしていたクロームだったが、武器が出された時点でさすがにまずいと思ったのか慌てて止めに入ってきた。

「…そう?」
恭弥の纏う雰囲気が一瞬、ふっと柔らかくなってトンファーを持つ構えが崩れる。
た、助かった!ありがとうクロー…
ドカァァァァ!!!
「のわあああああ」

さっきよりも至近距離で繰り出された凶器は俺の髪を数本持っていってその勢いのまま隣の本棚を木端微塵に粉砕した。
反射的に避けていなければ、あれが俺の末路だったかと思うとゾッとする。

「まあ、」
バラバラと落ちてゆく本の音を背景に黒い執行人は悠然と言ってのけた。

「それとこれとは別だよね?」


―死刑宣告。


その日屋敷内には、ディーノの断末魔が響き続けた。








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2010/4/1 
ディーノさんごめん!
私は10年後の髪型も好きですよっ←


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リゼ