「居たのか」
征十郎の書斎前でずっと座っていたら影が見えたらしく私の存在に気付いたらしい
本当は脅かしてやろうと思ったがあまりにも征十郎が読書に集中していたものだから黙って座っていたのだ
「何の本読んでるの?」
征十郎が手にしているのは深紅のブックカバーに金色の文字が刻まれた綺麗な本だった
「戦争についての本、かな」
「……そう」
私は戦争が嫌いだった
理由はただひとつ、家族を戦争で失ったからだ
だから今私は父の古い友人の赤司さんにお世話になっている 勿論征十郎や赤司さん達との生活も楽しく何不自由は無いがやはり家族の事を夢で見て思い出してしまう
家族が何処かへ笑いながら行ってしまう夢、いつも私がひとりぼっちの夢
「何故そんなに悲しい顔するんだ」
「貴方だって分かってるでしょう、それくらいの事」
少し怒りの籠った声で征十郎に言うと征十郎は黙って本へ視線を落とした
沈黙が続く、気まずい
せめて征十郎が何か声を掛けてくれれば返せる気がするが私からは何も話せない
「今年は西暦何年か分かるか?」
急に征十郎が私に問い掛ける
とっさに聞きに来たものだから私は少し慌てながらも息を整え答える
「1960年」
「ああ、そうだな」
「そうよ」
一体どうしたのだろうか
征十郎がこんな基本的な事を聞くなんてあまりにも珍しい
だが訳を聞く必要も無いしそろそろ寝なきゃ、と思い書斎から出ようと思ったその時
「1945年に戦争が終わって、今は1960年つまり15年の年月が経った」
「当たり前じゃない」
「けどさ、もし1945年に戦争が終わっていなかったら今僕達はこの場に居なかったかもしれない…だが僕達はこうやって普通の生活を送る事が出来ている」
「……」
征十郎の言いたい事が何となく分かってきた、それと同時に家族との思い出が走馬灯の様に蘇る、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、
「つまり君の家族の死はちゃんと意味があると思うんだ」
自然に涙が畳を濡らす
何故泣いているのか分からないが次々と涙が溢れてくる
「意味って?」
「僕達が出会えたのも、何ひとつ不満が無く過ごせるのも君の家族が必死に戦い、君を守る為に犠牲になってくれたからだ」
そういう事だったのか、私は今までずっとそんな風に考えられ無かった。ただただ戦争そのものを恨んでいただけだったのだ
「……私は今家族のお陰で征十郎と暮らしていけてるのね」
「ああ」
征十郎の優しい声の温もりと本の匂いに包まれながら私は静かに目を閉じ頬に伝う涙に全ての気持ちが滴り落ち何処かへ行く気がした
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