ウォーアイニー
・しんごと隣の席になったクールなおんなのこ
キーンコーンカーンコーン……
午前中最後の授業が始まった。
「では、隣の人とペアを組んで似顔絵を描いて下さい」
この学校に入って初めての美術の授業。先生が口にしたのはお決まりすぎるお題だった。中学の時の最初の美術もこんなだった気がする。
……正直、絵を描くのは苦手だ。
ちらっと右隣を見るとどうやらすでに絵を描き始めているようで、体をこっちに向けてスケッチブックを膝に乗せたまま鉛筆を動かしていた。
せめて一言声をかけてからでもいいんじゃないか?なんて思って溜息を一つ。
あたしも真新しいスケッチブックを開き、6Bの鉛筆を手に取った。
体ごと隣に向けると目が合った。
「……何?」
小首を傾げてこっちを見る。
「何って……、あたしも香取くんの似顔絵描くんだけど」
「俺、みょうじの横顔描いてんだけど」
つまり、こっちを向くなと言いたいらしい。
「あ、そ」
面倒な奴の隣になったもんだ。
あたしは元の態勢に戻った。
わざと頬杖をついて左側を向く。
「あ」
奴は小さく声を上げた。
「何」
……嘘。
何が言いたいかなんてわかってる。
「そっち向くなよ」
右手首を掴まれた。
頭を少し浮かすと、そのまま顔を挟まれて向きを戻される。
「ちゃんと前、向いてて」
馴れ馴れしい奴だ。
「あたしが描けないじゃん」
「チラ見すれば?」
チラ見だけで似顔絵なんか描ける訳がない。
「……じゃあ描かない」
「何で?」
……ああ、本当に面倒臭い。
「何で描いてくんないの?」
「チラ見じゃ無理、描けない」
やっと、ああ納得という顔になった。
こいつ、鈍すぎ。
「……じゃあさ」
ちょっと考えて口を開いた。
「今日は俺がみょうじ描くからさ、次の授業でみょうじが俺描いて?この授業しばらくあんじゃない?だから交代で、さ」
「……わかった」
仕方ない、今日はモデル役に徹することにしよう。
「あんま動かないでよ」
「はいはい」
そうは言ったものの……。
「……」
「……」
……暇だ。
さっきからお互いずっと無言。それに、一方的に見られてると思うと何だか緊張する。
周りの友達のおしゃべりなんて全然耳に入ってこない。聞こえるのはサラサラという香取くんの鉛筆の音だけ。
どれくらい描けたのか気になるが、動くとまた何か言われると思い我慢した。
コン
鉛筆を置く音がした。
「出来た……」
途端に体の力が抜ける。
「お疲れ」
「完成?」
「あと色塗りあるけど……、今日はもう時間ないからまた今度かな。……見る?」
「うん」
まさか見せてくれるなんて思わなかった。
「ほら」
スケッチブックを覗くと、
「……わ、すご」
「何それ。自分褒めてるみたい」
「なっ!?違うから!……でもほんとに絵、上手いね」
まるであたしじゃないような、綺麗な女の人の横顔が描かれていた。
……いや、まるでじゃなくてこれはあたしじゃない。
間違いなく、別人。
「……あたし、こんな横顔?」
「ん?」
また小首を傾げた。
「あたし……、こんな綺麗じゃないよ?」
何言ってんだって、そう言って笑われるって思った。
「綺麗、だよ?」
「え……、」
一瞬、時間が止まった気がした。
「横顔ってさ、一番人間の本性が出るんだって。だから、正面はごまかせても横顔は絶対にごまかせないんだよね」
「……そ、なんだ」
「みょうじの横顔、……綺麗だよ」
「……、」
……何が言いたい、こいつは。
「入学した時から思ってた……。みょうじの横顔、綺麗だなぁって。全然濁ってなくて、さ……」
香取くんは口をつぐんで、ちょっと下を向いた。
しばらくして顔を上げると、あたしの目を見た。
「俺、みょうじが好きだよ」
「……へっ?」
再び、静寂。
香取くんの綺麗な瞳に映るあたしは実に間の抜けた顔をしていた。
その視線の真っ直ぐさが、冗談なんかじゃないことを物語っていて、……目を逸らせない。
今、あたしの目に映ってる景色は香取くんだけだ。
「似顔絵……」
口を開けば何ともか細い声が出た。ああ、全く情けない。
「え、」
「あたしも、似顔絵……、香取くんの横顔描くよ」
一瞬キョトンとした香取くんは、急に笑い出した。
その瞬間ハッと我に返った。何を言っているんだあたしは。
「もぉ、俺はちゃんと言ったのに!……それはオッケーって意味?」
……またさっきと同じ目が、あたしを覗き込む。
「……そんなとこ、なんじゃないの」
「何それ!」
恥ずかしいやら悔しいやらでそっぽを向きながら、横目で大きな口を開けて笑う香取くんを見て思った。
あたしの横顔より、きっとこの人の横顔の方がずっと綺麗だ。
終わり
タイトル→高橋瞳×BEAT CRUSADERS/ウォーアイニー
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