叶わない、から 4
立花の家はマンション、らしい。一軒家だった俺はきっと挙動不審だっただろう。
清潔感がある、というか。
よく雑誌で見るような家具が、きちんとならんでいた。
モデルの仕事でもしてんのか、と疑問に思ったが口には出さなかった。
「じゃあ脱げ」
「は?」
「だから、手当てをするから脱げ」
あ、そうか。手当てする為に来たんだった。素直に上を脱ぐ。濡れていて脱ぎにくい。制服は濡れているだくじゃなく汚れていた。
(そうか、確か地べたに転がったり押し付けられたりしたから…)
「わり、俺汚いのにずかずかあがり込んで…」
「汚い、な。確かに。」
立花はそう返して、少し黙るとよし!と俺の手を引いてどこかに向かった。
「わ、ちょっ!なんだ!?」
「風呂を貸してやる。
シャワーぐらい浴びろ」
「な、何いってんだ!?ま、まてって!!」
脱衣室のような場所に連れていかれ、俺は呆然としてしまった。いくら同級生とはいえ、話したことがないような奴の家に押し掛けて風呂を借りるなんて…。
「何ぐだぐだ考えてるんだ。はやくしろ」
「はやくって何を…!?」
「お前は服を着てシャワーを浴びる気か?」
そう言った立花の目は、本気だった。
「脱がないなら脱がすぞ」
「わ、分かった!とりあえずタオルぐらいよこせ!」
一応バスタオルを借りて、服を脱ぐ。しかし問題が一つだけある。
「…おい」
「なんだ?」
「なんで見てんだ」
立花は俺を見たまま、離れる素振りを見せない。何故だ、何故なんだ。
「見ていちゃ悪いか?」
「なんでだよ」
「うちのシャワーは特別なんだ。一人でやると危ないぞ。」
「…どんなシャワーだよ」
呆れた俺は、立花に背を向けて脱いだ。一応タオルは巻いて。振り返っても微動だにしてなかった立花に、俺は苦笑する。
風呂場は少なくとも家よりは狭い。立花は金持ちのイメージがあったから、風呂場はもっとでかいと思っていた俺は意外に立花もそうではないんだと家に来て実感した。
「シャワーでいいな?」
立花がそう聞いてああ、と頷いた瞬間顔に水が噴射された。
「うわっあああ!!冷てえええっ!!!」
「ああ悪い、このシャワーは温度調節が難しいんだ」
立花は笑いながら、濡れた俺の頬をさわった。
「…立花?」
「いや、なんでも」
なんとか温度調節しながら、シャワーを浴びる。身体についていた泥が落ちていってほっとした。
「酷い痣だな」
立花に言われてやっと気付く。確かに身体中痣だらけだし、血がついてるところもある。
「まあ、な」
「あまりちゃんと洗わない方がいいな。手当てしてからちゃんと洗おう」
そう言うと宗茂はシャワーを止めて、バスタオルを投げる。
顔に直撃したが、怒らないでおく。
立花から借りた服は、一言で表すとアレだ。センスは良いんだが、モデルとか格好いい奴しか似合わないような服だ。
当然俺なんか似合うはずがない。
「なあ本当に着ないと駄目か?」
「着たくないなら着なければいいだろう?」
「いや、もっとジャージとか…」
俺はひきつった顔で訴える。
こんな服着て立花の隣にいたら恥ずかしくて惨めだ、絶対。
「立花…ジャージぐらいあるだろ」
「ああ、あるにはある。
あと、清正。立花じゃなくて宗茂って言ってくれないか?」
「あ、分かった。宗茂」
宗茂は満足そうに笑うと、学校指定のジャージを用意してくれた。ご褒美だ、と言われると卑猥な気がして顔がひきつる。
ソファーに腰掛けて、ジャージを捲る。痛々しく腫れた痣を、宗茂は優しく撫でた。
「っ!か、かゆいからやめろっ!!」
「さて、手当てだな。少し痛いが我慢しろ」
「無視かっ!おいっ!!」
宗茂は異様に慣れた手付きで、湿布やらなんやらをした。俺は目で追うので精一杯で、宗茂がどんな表情で手当てをしているのか気づかなかったんだ。
宗茂のはい、終わりという言葉に、やっと息をつけた。
「シャワーは明日の朝浴びるといい。どうせ学校は行かないんだろう?」
「泊まっていっていいのか?その…家には…」
「大丈夫、連絡なんてしないさ」
なんでこんなに気が利くんだ、こいつ。
危うく格好いいと思った自分を殴りたい。同性だ、奴は男だ。俺だって男だ…と暗示をかけてみたが、宗茂に何してんだと笑われてなぜか恥ずかしくなった。
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