ぐるんと視界が反転して背中に浮遊感を感じた。間もなく畳の感触。い草の匂いが鼻についた。
「五右ェ門…?」
「なまえ……」
「酒くさ……おーい、目を醒ましてー」
「んー……」
押さえられていない右手で胸を押し返すが流石女の細腕、びくともしない。見上げれば眠いのか酒のせいなのか、とろんとした瞳が危うげに私を見る(焦点が定まってないから見ているかどうかは怪しいが)。仕方がないから胸を突っ返すのは諦めて頬をぺちぺちと叩く。煩わしそうに眉をひそめたかと思うと空いていた右手も絡め取られてしまった。もう手も足も出ない。
ただ、五右ェ門は何をするでもなかった。
「五右ェ門ー。どいてちょうだいよ」
「…いやだ」
「もう…」
誰にでもなく平静を装ってはいるが内心はドキドキだった。かつてこんな五右ェ門に近づいたのは初めてだった。大量に飲んだ後の五右ェ門は質が悪いから近寄らない方がいい、と毎回のように次元に釘を刺されていた。
後の祭りとはこの事だ。こんな風になるなんて。ごめん、次元。あんなに忠告くれたのに。でも今日に限って何で近くにいないんだろう。
「ルパンが、」
「はい?」
「ルパンがアンタのことを呼んでた…。けどあのルパンの顔……また悪さを企んでやがる顔だった。だからダメだ。いっちゃならねぇぜ……なまえ」
「それ、いつの話…?」
「いっちゃならねぇ、ヨ。オレの傍を離れねぇでくれヨ……オレぁ、」
そこで急に、ぷつんと糸が切れたように五右ェ門は眠りに入ってしまった。私を下敷きにしたまま。ちょっと重いし身動きのひとつもとれないが、酒の入った火照った五右ェ門の身体は布越しに丁度良い温かさだった。夜も遅かった。間もなく私にも眠気が被さってきた。
五右ェ門の言葉の真意を考えるには、時間が足りなかった。
恥ずかしいほどアカ!
(五右ェ門に前の日の記憶はなかった。真っ赤になって謝られたが、それはいい。それはいいが、真意はやはり分からぬままだった)
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