「筆有るか」



男が訊ねる。なまえは特に何も考えずに目の前に転がっていたマジックペンを男に手渡した。
五秒ほど遅れて筆じゃないと気が付いたなまえは、振り返って男を見る。案の定、困惑した面持ちであった。



「ごめんなさい、何も考えないで……」

「これは……どうやって使うモンなんだ」

「それはマジックペンと言って、ちょっと貸して下さい、こうやって蓋を取ってからそのまま書けばいいんです」

「ほう…墨は要らないのか」

「いりませんよ。染み込ませてあるんです」

「成程、便利だな」



男は蓋を取ったりはめたりしながら、マジックペンを凝視した。それから紙になまえの読めない字で何事かをふにゃふにゃと書いた。



「筆が伸びないな。太さも変わらねぇ」

「筆とは大分違いますからね。そうだ、筆ペンもありますよ」

「どれ。筆も有るのか」

「はい、これも墨はいりませんよ」

「おお、これは……」



筆ペンを滑らせながら、またもやなまえには読めない字をふにゃふにゃと書いた。



「達筆ですねぇ…」

「こん位ぇ普通だろ」

「そんなことないですよ。おじいちゃんとかこういう字を書きますよね」

「……………」

「あっ、別に年取ってるっていうわけじゃないですよ!あはは…」

「…………」

「あはは…は…ごめんなさい」



男の落胆を、なまえは見た。口を滑らせてしまったことを、ちょっぴり後悔。
今夜は好物を作ろうと心に誓った。





リゼ