部屋には島津の大太刀と酒瓶が転がっている。島津は夜でも昼でも好きな時に浴びる様に酒を呑む。音に聞く呑みっぷりだ。
初めは付き合っていたが、途中でそれも無理だと悟って自重した。流石に付き合うには応える量だ。
「小十郎どん、おまはんも呑まんね」
「呑んでおります」
「量ば足りんように見えっど」
「島津殿が呑み過ぎるのです」
「そォかね、足りん位よ」
みょうじは島津が呑み始めたのを見て、肴を買いに出掛けた。女に夜道を行かせたくはなかったが、止める前に出ていってしまったから仕方がねぇ。そろそろ帰る頃だろう。
瓶から直接酒を煽る島津を横目に、手に持つ杯に自分の酒を注ぐ。同じ場に座していながら酌み交わす事をしないが、島津はそれを許している。お互いにお互いが分かっている。居心地が良い。有難い。
「なまえどんは何処まで行ったんかのォ。遅くなかか?」
「そろそろ帰って来る頃でしょう」
「ふむ…ならなまえどんが戻ってくっまで、話でもすっかね。オイが此処ば来てから思っとる事…聞いてくれんね」
「……何でしょう」
島津がまた酒瓶を大きく煽って酒を飲み干した。一息吐いてから口を開く。
「オイはのォ、此処ば来てなまえどんに会うてから様々な事ば知った。未だ此処に来た理由ばよう分かっとらんが、オイがいた世ん中とは違うっちゅー事は分かる。それは、おまはんも同しじゃろ?」
「そうですな…」
「そこで思ったんじゃ、オイら武人の存在をの」
「………」
「此処に武人の姿は見えん。加えて戦もやっとらん。っちゅー事は、オイらの様な武骨者はのうなるゆう事じゃ。例いどげに力を尽くしたとしてもの」
「いなくなる…か」
「オイも限界ば感じ始めとったのよ。戦ばっかりしよっても、苦しむんは民ばかりじゃ。オイらが刀ば振るった所で、田畑ば荒れて終いじゃ」
「………」
「オイは強かモンと戦いとォと思とっても、それは民の本望じゃなか」
確かに、島津の言い分には納得する。戦の中に身を置く事に慣れたせいで、戦えぬ者の気持ちを忘れていた。
尤も俺は戦える身でありその自分を今更顧みることは無いが、この平和な空気の中に来た事で改めて自分と乱世とを振り返った。
そうか。俺達は何れ消え去る存在なんだな。いや、分かりきっていた事か。
「………だが、」
「そうじゃ、おまはんの言いたい事ば分かっちゅう。泰平に見えっども、争いは無くなっとらん」
「…そうです。俺達の知る戦とは随分形が異なるが、人々が争う事自体は無くなっていない。此処で起きておらずとも“てれび”と言う物の中の遠い地で、誰かが争っている」
「目の前で起こっとらんゆうだけの話だの。じゃがの、オイらの様なモンがおらんのじゃったら一体誰ば戦っとるんじゃと思うての」
「…………分かりませぬ」
「そうじゃのォ…オイにも分からん。武人がおらんようなった所で争いば無くならんとは…」
「……………」
「ただいま帰りましたー!」
「おぉ、なまえどんね!」
バタバタと音を立てながら、みょうじが買い物から戻る。玄関まで迎えに出てやると、手には荷物が大量に抱えられていた。
「お前、何だその量は」
「いやあ…ついでに色々買い物して来ちゃいました。あ、これがおつまみです」
「ハァ…お前な…。今度は俺も連れていけ。止める前に出ていきやがって…女が一人で夜道を出歩くな」
「はい…今度から気を付けます」
「まァまァ小十郎どん、それ位にしといてやり。やー、なまえどんすまんかったのォ。次はオイも連れていくがよか!」
「いいえ、私が勝手に行ったことなので…次は一緒に行きましょう!重いものをお願いしたいです」
「おーおー、任せときんしゃい!」
島津と笑顔で会話を交わすみょうじを見ながら、“てれび”の向こうの争いの事を思った。
争いが有ると分かっていながら手を出す事が出来ない。“てれび”の向こうは果てし無く遠く、近い。こんなにも己の無力を感じた事は無い。
「片倉さん、どうしたんですか?」
「いや…」
「小十郎どん、なまえどんと呑み直さんね」
「少しだけですよ!島津さんに付き合ってたら大変なことになっちゃいますから」
「何ね、そげな事言わんと呑んだらよかと」
「いいえ。私は島津さんの呑みっぷりでお腹いっぱいです。さ、おつまみ用意しますから座ってて下さい。片倉さんも」
「…いや、俺が作ってやる。お前が座っとけ」
「そんな…悪いですよ」
「座っとけ」
渋るみょうじの背を押して厨に立つ。みょうじが“てれび”を起こした。暗かった面にここではない何処かの姿が映る。少しの間注視していたみょうじが島津の呼び掛けに面から目を逸らした。談笑が始まる。それを余所に俺は手を動かしながらみょうじが目を逸らした面を見た。
知らねぇ奴が知らねぇ奴を殺めた報せが有った。
遠くの地で知らねぇ奴等が争う報せが有った。
物盗りの報せが有った。
夏の日差しの下、水辺で遊ぶ子等の平和な報せが有った。
この時代の人間の姿が有った。
目まぐるしく移り変わる報せがこの時代を現わしているんだろう。己の時代とは異なりすぎている。ただ…
「島津さんよくそんなに呑めますね」
「オイにとってのコレは水と同しモンね」
「水と同じ…なきゃだめってことですね」
「そういうこったい!」
「ふふ、本当に好きなんですね」
人の笑顔は何時の時代も変わらねぇんだと、みょうじを見ていると思う。
俺は先刻の島津との問答と己について、考えていかなくちゃならねぇと思った。俺は政宗様の背だけをお守りすれば良いのか、それとも…誰かの笑顔も守れたら良いのか。答えは直ぐに出そうにねぇ。
――――――――
少し言い訳
小十郎さんからじっちゃんへの口調は、創作です。ゲーム内だと「剣で語る」で落ち着いて話してないので、向かい合って話した場合小十郎さんは鬼島津への敬意を込めて丁寧な言葉遣いをするかな、と思っての口調です。あと、お互いの呼び方も創作です。
じっちゃんの口調もとい方言については間違ったところばかりかと思いますが、何卒ご了承を。うーん、似非くさいかな。
本当はじっちゃんと戯れる話にしようと思ったのに、眉間に皺を寄せる話になってしまったので次はほのぼのさせたいです。
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