下戸とワク

平凡攻め企画提出作品、平凡×わんこ)

(あ、落ちる)

 そう思って俺は反射的に目の前で自由落下するペットボトルに手を伸ばしていた。幸い500ミリリットルのペットボトルだったためにがしりと片手でキャッチすることが出来てほっとしつつ、俺は顔を上げる。
 いきなりの行動に驚いていた彼は目を見開いて、それからふわりと笑う。

「ありがとう」

 情けないところを見せちゃったね、と笑いながら彼は両手で抱えていた荷物を抱えなおした。後ろから見ていてもふらふらとした足取りは頼りなく、そんな彼を放ってはおけなくて俺は彼の手から荷物を取り上げた。

「持ってくん手伝いますわ」
「え……大丈夫だからそんな」
「ふらふらしてて見てる方が怖いですって」

 身長は変わらないのに筋肉量の問題なのか俺と彼とでは身体の厚みが違う。居酒屋のバイトも長いとそれなりに筋肉がつくということだろう。
 男なんだから、と全部を俺に任せてしまうことを頑なに拒んだ彼の顔を立てるために、一度立ち止まって荷物を仕分けて俺はペットボトルや缶の入った方の袋を持つ。2:3くらいの比率で俺の方が重いくらいだろうか。俺よりはつまみのビーフジャーキーや柿ピーが目立つ袋を持って今度は確かな足取りで歩き出した彼の隣に並びながら、なんでこういうことになったんだろうな、と思う。

(いくら下戸やからって一人でこの人が買い出し行くから)

 サークルの合宿ともなれば毎晩のように飲み会が繰り広げられるのはお決まりで、9月の中頃にも関わらずクーラーを効かせた合宿所の中ではどんちゃん騒ぎが続いている。
 そんな時にうっかり酒とツマミが切れかけて誰かが買い出しに、となっても下の回生の多くは酔い潰れて――正しくは酔い潰されてしまっていてとても徒歩10分のスーパーまでは行けるはずもない。そこで俺が行くよ、と立候補したのが下戸であることを公言しているこの人で、酔っ払っている彼の同回生はそんな彼を軽く送り出した。

「……先輩こんな買うんやったら俺でも誰でも適当に連れて行けば良かったんやないですか」
「自分が飲まないから加減が分からなくて。まぁ明日も飲むだろうからいいかなって思ってたらこんなになっちゃった。車出せばよかったね」

 穏やかに笑う年上の人に気取られないように俺は心の中で溜息をつく。
 なんであんな、一部で飲みサーとまで言われるサークルにこんなごくごく普通の穏やかな、なんとか研究会とかに所属していそうな人がいるのかが分からない。
 あまりに浮きすぎて同回のみならず上の代や下の代からも生き仏のような扱いをされ、サークルの両親だとかオアシスだなんて揶揄されてしまうくらいなのだ。ぎゃあぎゃあと騒ぐ男子大学生達の中で一人小春日和のような雰囲気を醸し出していれば、そんな扱いにもなる。

 お世辞にも機敏とは言えないこの人が暗い夜道を一人買い出しに行っていることにしばらくしてから気付いたのは俺で、帰り道で何かやらかしてやいやしないか、この時期は変質者も増えるしいくら二十歳を過ぎた男といえど狙われないとは限らない。そんな危惧を持って絡み酒の先輩をかわしつつ後を追えば入れ違いで、慌てて俺も道を折り返した。

(女の子相手でもないのに、何やってんねんやろ)

 そもそも女子相手なら一人で行かせるという前提自体が起こり得ないにしても、こんなに必死に酒の回った体で誰かを追いかけるような真似も心配することも、普通一つ年上の男に対して抱くには不相応な感情のように思えた。
 同回のサークル仲間なら酔い潰れてもビニールシートの上に横向きで寝かせて放置したり、少しばかりの情けで黒ビニール袋を持たせて放置する。下手に酒に強いせいで先輩方からコールをかけられる俺にしてみればとても酔い潰れた連中の世話まで見ていられないのだから。

 それなのに今日に限らずこの人を放っておけないのはどうしてだろう。
 サークルの歓迎会か何かでコールをかけられまくって便器を抱える羽目になった俺を介抱してくれたのがこの人、だとかそういうのがあったわけでもない。頼りなさげにみえて案外人並にはしっかりしているしちゃっかりしているところもあるのを知っているのに、どうして他の連中のように放置出来ないのか。

 そんなことを考えながら隣を歩く俺の耳に、虫の声に紛れてはぁ、と間抜けな音が届く。
 まだ日付が変わるまで三時間以上あるのに。そんな思いが伝わったのか笑い声が静かな夜道に響いた。

「眠くなっちゃった」
「スーパーで目ぇ覚めへんかったんですか」

 割と田舎の方に合宿所はあり、街灯以外の明かりがない中で営業しているスーパーの蛍光灯の明かりは目に突き刺さるような刺激だった。それなりに酒が回ってとろりとするあの感覚もどこぞへ吹き飛んでしまうくらいには。
 それとも逆にあれで眠くなったとでもいうのだろうか。ある意味すごいかもしれない。

「うーん、実は皆が盛り上がってる時から眠いなー、とは思ってたんだよね」
「こっそり抜けて先寝とくか撃沈組に混ざってればバレんの違います?」
「それじゃ片付ける人間がいなくなるかもしれないから寝れないんだよね」
「どーせ今日も先輩と俺が片付け係でしょ」

 ほんま片付けと酔っ払いの放置の仕方だけは上手くなりましたわ、と軽口を叩けば俺なんか飲まないくせにだよ、と軽口で返される。
 面白い話が出来るわけでも、かっこいいわけでもないのになんであのの先輩と絡んでんの、とついこないだ同回に言われた言葉が頭をよぎる。今日早々に鬼殺しのアクエリアス割りで潰してやったが、なかなか不躾な奴だ。

(理由分かったら苦労せんわ)

 なんで自分がこの人に寄っていってしまうかなんて、自分でも分からない。
 この人が自分をどう思っているのかも分からない。
 サークルの後輩で、学部と学科が一緒。そんな後輩がこうして過保護とも取れる行動をすることをどう思っているのだろう。
 多分、邪魔だとは思われていない。

 ちらりと横目で様子を窺えば、酒も入っていないのににこにことしているのが見えてくらりとする。

「どうしたの?」

 歩みを止めた俺に、数歩先で彼が振りかえる。
 くらりとして、顔が熱くなる。

「――酒回ってきたかもしれません」
「え、足元とか大丈夫?」
「俺がザル通り越してワクに近いん知っとるでしょ。ちょっとふわふわしただけです」

 そんなに強い酒を飲んだつもりはなかったのに、やけに顔が熱い。
 連日飲みすぎたから肝臓が疲れているのかもしれない。

「あ、ウコン買ってるからね。全員分ないけど」
「なら一本キープしといてくださいよ、後で取りにいくんで」

 くすくすと笑う声に応じて俺も笑いながら足を動かす。
 この人を構わないと落ち着かないなんて俺は案外世話焼きなのかもしれない。

「多分帰ったらまた何人か潰れてそうだね」
「顔の向きだけ気ぃつけて転がしときましょか」
「せめて水くらいは持たせてあげようよ」
「あぁ、わざわざ買い出し行ったんだからって水飲ませまくるのもいいかもしんないですけど」

 くだらない話をしながら歩く。
 もうじき合宿所が見えてくる頃だ。多分ドアを開けなくても近付けば中の騒ぎが聞こえてくるだろう。

(そのうち出禁くらいそうやな)

 呆れはしても、なんだかんだとサークルの飲み会は嫌いじゃない。
 隣を歩くこの人も俺と同じく飲み会への出席率はいいので、多分嫌いじゃないのだろう。そうじゃないとかなり損をする飲み代を毎回払ってはいないはずだ。

「……先輩、そのうち宅飲みしたいんで付き合ってくださいよ」
「ん、こういう飲み会は嫌?」
「嫌やないけどたまにはゆっくり酒飲みたいんですって。あと酔っ払いの面倒見ない飲み会したいんですけど、どうです?」
「確かにね。じゃあ二人で来月あたりにうちでやろうか」

 壁厚めだからもし騒いでも多少は大丈夫だよ、とにっこりほほ笑む彼に笑い返して、俺は火照る頬を冷ますために手で風を送る。
 まだ、夜は長い。


End.

◆◆

平凡攻め企画』様に参加させていただきました。
折角なので今までに書いたことのないわんこを、と思いちょっとスレた忠犬をイメージしつつ書いてみました。

ちなみに関西(近畿?)では大学での学年を回で表すところが多いです。○回生、とか○回、とか自己紹介で言ったり。

読んでくださった方、企画主催のりんごさん、ありがとうございました!

『泡沫人』時雨葵
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