「好きや」

ギンが初めてこう言葉にしてくれた時のことをぼんやりと思い出していた。


*

「乱菊っ…」
それはギンが私を初めて抱き締めた時だった。
「ど、どうしたの?急に…」
正確に言えば初めてではない。それまでも何度かあった。しかしその時のギンの切なく苦しそうな声も、このまま破裂してしまうんじゃないかと思うほど大きくなる鼓動も、初めての経験だった。
「ほ、ほんとにどうしたのよ…。」
私はその訳のわからない感情に戸惑いと、僅かな恐怖さえ覚え、逃れようとギンの胸を押した。しかしピクリともしない。それは紛れもない男の胸で、私は息を飲んでしまった。いつの間に変わったんだろう…。
回された腕はきゅっと強くなる。
「ギン…?」
ギンはずっと私の肩口に顔を埋めている。少し不安になって私は声をかけた。
「ギン…?」
「……乱…菊…」
「ん?」

“好きや”

くぐもった声が耳に届いた。
「え…?」
「好きや」
痛いほど強く抱き締めながらギンは繰り返した。
フリーズした脳に、その三文字がじんわりと染み込んでくる。

好き…
好き…
好き


「ギン、苦しいわ?」
胸をポンポンと叩くと、はっとして慌てて腕を緩めてくれた。
「ギン…」
私はゆっくりとギンの顔を見上げた。久しぶりにこんな近くで顔を見た。強張った表情を浮かべるその顔は、確かに大人びていた。
「私も…。私も好きよ」

なんてしっくりくる言葉だろうか。すとんと胸に落ちてくる。

「よかった…」
再びギンは私を抱き締めた。
その言葉を噛み締めるように、
優しく、優しく。




*

「もう一回言って?」
「ん?なんや今日は甘えんぼさんやなぁ」
「うるさいわね。いいから。もう一回」
「しゃーないなぁ、特別やで?」

すっかり大人になったギンの声が少し上から降りてくる。
私は目を瞑て聞いていた。
初めてと同じように愛する人の胸に抱かれながら。


この複雑な気持ちを表す、一番簡単で、一番大事な言葉。


好き。
大好き。


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