「ね、ねぇギン…。」
「なんや?」
「わたし、その…変じゃないかな?」
「当たり前やろ。大丈夫や。」

その頃の私は人の目に慣れていなかった。
ぶしつけに浴びせられる下世話な視線に、ひどく怯えていた。

「心配なんてせんでもええよ。ボクがついてるから。」
ギンは私の頭を撫でて笑った。
「大丈夫や。約束したやろ?」

約束
そう、私達はあの小屋の前で約束をした。

*

静かな朝だった。
いつもはうるさく鳴くはずの小鳥たちも、息をひそめているように感じた。
準備を終え小屋を出る。
荷物なんて何もない。当時の私達は何も持っていなかったから。
振り返れば、そこには私達の“すべて”があった。
初めてここに来た時の事は、鮮明に覚えている。行く先なんてどこにも無くて、あの日私はここにきた。
何故ついていこうと思ったのか、今でもどきどき不思議に思う。まだ幼いとは言え見知らぬ男についていくとは。よほど自暴自棄になっていたのか、あるいはギンに何かを感じたのか…

「ギン」
「…なに?」
「死神になったら、きっと贅沢な暮らしが出来るわね。」
「そやね。」
「私、お洒落をいっぱいして、美味しいものいっぱい食べて、それから…」
「乱菊は欲張りやなぁ。」
「何よ、いいでしょ!私ね?偉くなるわ。」
「うん。」
「そしたら、ギンを部下にしてあげる」
「なんやねんそれ…。ボクが上司や。」
「じゃあ競争ね!」
「ええよ。負けへんで。約束や。一緒に強くなろう。」
「霊術院行っても、護廷に行っても、ずっと一緒!ライバルよ!」
「「約束!」」

私達は“すべて”が詰まったあの場所を後にした。

*

「そうね!約束したわ。アンタなんかに負けないんだから。」
「言うたな?ボクが勝ったら…ってあかん!もう時間や!式が始まる!」
「え!?大変!」
私達は慌てて走り出した。強く繋いだ手は、これから飛び込む世界への決意の表れか。

満開の桜の下、
真新しい匂いのする学生服は風になびき、春の日差しに眩しいくらいに輝いていた。

未来は、
どこまでも明るかった。



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