乱菊が護廷に入って数年が過ぎた頃だった。



「ギン!起きてー!」
ある朝、ボクは乱菊に揺すり起こされた。
「ん〜…なに〜?」
まだ離れたくないんだと主張する瞼を擦り、声のするほうを見る。そこには…
「それ…。」
「じゃーん。どう?可愛い?」
美しい晴れ着を纏った、乱菊の姿があった。
「振り袖か…?」
「そうよ。買っちゃった!ねぇ可愛い?」
「うん…。」
可愛くないはずがないだろう。髪を結い上げ、簪を差し、腕を広げて着物を見せている。わずかに首を傾けて、照れたように、でも誇らしげに頬を染めている。
「そう?ありがと。一番に見せに来たのよ?」
「でもなんで急に?」
「ねぇお参り行かない?まだ行ってないでしょ?ちょっと遅い初詣よ。」
初詣か…。確かに今年はまだ行っていなかった。というか今までの人生でお参りなどしたことがあっただろうか。
「ねぇ行こ!」
着飾った乱菊に迫られて断れるはずは無かった。
「分かった。待ってて。準備する。」
「うん!」


外はうっすらと雪が積もっていた。昨日は無かったから夜のうちに降ったのだろう。
「寒いわねぇ…。」
吐く息は白く現れては消えていた。
朝の陽の光の中で見る乱菊は実に綺麗だった。控えめな柄も、乱菊の美しさを際立たせている。
「振り袖なんて、高かったんやない?」
「う〜…ん。まぁね。でもずっとこれを買うためにお金貯めてたの。」
「知らんかった。」
「秘密にしてたんだもの。知ってたら困るわ?驚かせたかったの。」
「実際かなり驚いたしな。」
「ふふ。大成功〜。」

乱菊は護廷に入ってからも、大きな買い物をすることは無かった。聞けば、最初は単にお金の使い方が分からなかったのだという。初めて入る給料は、今思えば微々たるものだったが、流魂街での暮らしからすれば想像もつかないほどの大金だった。
その金で何を買おうか、乱菊は迷った。
「そしてここで初めて“振り袖”ってものを見て、決めたの。これを買おうって。」
瀞霊廷でも有名なこの神社も、境内に人はまばらで、初詣に出遅れたもの達がゆっくりと参拝に来ていた。
「着物って綺麗よね。」
「そうやね。乱菊は着物がよう似合う。」
「今度ね?日本舞踊を習おうと思っているの。いいでしょ?いろんな着物が着れるわ。」
「乱菊はどんどんいろんな趣味を見つけていくなぁ。」
少しの寂しさを感じながらボクは笑った。もうボクの後ろをついてくるだけの乱菊はいない。自分の世界を見つけ、自分の力で広げていくのだ。
「若いうちしか着れないものもあるしね。」
「そうやね。女の子は大変や。」
「他人事じゃないわよ?あんたが…あ、あんたが…」
「ん?」
「ふ、振り袖着れなくするのはあんたでしょ!!」
乱菊は痺れを切らしたのか、ポカンとするボクを手提げで叩き、走っていた。
「バーカ!先行くわよ!」
顔真っ赤。
あー、そういう事…。

「ほんまやね。」

いつか、その時が来たら、もっとええの買うたるよ。
世界一綺麗な花嫁衣装。

今からお金貯めなあかんね。



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