彼女の背中

「恋次〜!ルキアと最近ど〜よ!?」
「乱菊さん、今その話題NGだって!!」
「あっちゃー…やだごっめ〜ん!でもそんなんじゃダメよ〜?もういっそ、押し倒した方が早いんじゃない?」
「な…っ!!」
「やだ乱菊さん!キャハハハ…

乱菊さんはいつもみたいに飲み会に出ていた。
“いつも”というのは正確には大戦の前という事になるのだろう。
一見何一つ変わらない。
相変わらずべろんべろんだ。
だけど決して完全に潰れはしない。

帰る所があるのだ。



「あ〜…もうこんな時間か〜。そろそろ帰ろっかな〜。」

そう、流魂街
あいつの所―


「大丈夫ですか?気を付けて下さいね〜。」
「お〜い!乱菊さん帰るってよー!!」

みんな物分かりの良いのはそういう事だって分かっているからだ。
大戦後に変わったものは人それぞれ。どれくらい干渉していいのか、そんな事は時間の中でみなある程度身に付けていた。

「相変わらず旦那さんとはラブラブなんすか〜?」

そんな冗談も言えるほど、俺たちの平衡感覚は戻ってきていた。

「ま〜ね〜!引く手あまたのこの瀞霊廷を捨てたんだから、それくらい幸せにしてもらわなきゃね〜。」
「うわ〜ご馳走様ッス!」
「おおおれ実はその引く手あまたのあまたの中の1人でした、結婚してくださああいっ!!」
「何バカ言ってんのキャハハハ…



「乱菊さん。俺、送って行きますよ。」

一瞬水を打ったように会場が静まり返る。

「修兵、ありがとう。でも旦那が迎えに来てくれる事になってるから。」
「ここまで?」
「それは…」

((おいっ!何言ってんだ、修兵!分かってるだろ…?止めろって…。))

「門のところまで。」
「え?」
「門のところまでお送りします。そこまでなら、いいでしょ?」
みんな乱菊さんを見る。
この返答次第ではこの後の自分の動き方が変わってきてしまう。


「そうね、ありがと!お願いするわ。」



「…じゃ、じゃあ修兵頼んだぞ。」
「そ、そうよね!乱菊さんが言うなら!気を付けて帰って下さいね!」

みんな一斉に場を取り持つ。
またどんちゃん騒ぎに戻るのだ。

みんな学んだ。
不躾に立ち入ってはいけないと。
影を見てもすぐに引かなくてはいけないと。

つまり今の俺はタブーの塊。



「じゃあ行こっか。」

俺が送るハズなのに、乱菊さんに促される形で店を出た。



「修兵〜よかったのよ〜?いつもちゃんと1人で帰れてるんだから。女の子多かったし、カッコつけたかったのは分かるけどね!」
「…。」
「でも嬉しかったわ。みんな何だか距離を置いてるみたいだから。変に気を使わなくてもいいのにね。ちょっと、寂しかったの。」
そういう乱菊さんは全然寂しそうじゃなかった。
あなたは本当に自分を隠すのが上手い。
そう思うのは真実に気付いてしまったからか―


「修兵、どうかした?」
「いえ、何でもないッス。」
「だいじょうぶ〜?変よさっきから。恋でもしてんの〜?」
クスクス笑う乱菊さんにドキリとしてしまった。

「してるかも…しれないですね。」
「え…嘘!!誰よ誰!?教えなさいよ!!」
「秘密です。」
「ケチくさいこと言うんじゃ無いわよ生意気ね〜。」
「乱菊さんだってお相手は秘密でしょ?おあいこですよおあいこ。」
「…。」



「別に秘密じゃないわ。ただみんな知らないから紹介のしようが無いだけ。」
「へぇ…。」

その言葉の真意が、俺には分からなかった。

「知らないのよ…。みんな。普通の人なの。」

「じゃあどんな人なんすか?」
「キツネ?」
「………。」

はぁ…。
やっぱりそうなんじゃ
「いや、正確には子ギツネかな。」
「…え?」
「とにかく甘えん坊でしょ?あと焼きもち焼き!」
俺は盛大に吹き出してしまった。

「確かに知らないなぁ。」
「ねっ!?知らないでしょ!?そうなのよ、知らないのよ!!」
乱菊さんはいたく納得したように、うんうんと頷いている。

そうか。成る程な。
確かに今乱菊さんを送る先にいるのは、俺の知らない人らしい。
もし俺の今までの邪推が正しかった事になれば大変だ。
あいつの甘える姿…
おぇっ…


「しゅ修兵、大丈夫?」
「……飲み過ぎたのかも知んないッス。…お゛ぇっ。」

関係ないあいつのせいで、逆に介抱されてしまったではないか。
…まぁいいか。
関係ないし。


「もうここでいいわ。あんたこそ無事帰りなさいよ?」
「だ、大丈夫ッス、もう大丈夫。」



後半はアレだったが、最後まで送り届けられた。
ここからは、“知らない”あいつの出番だ。

「旦那さん、来てます?」
「え…?ああ、どうかな…。たぶんいるはずだけど。」
これには乱菊さんも戸惑っている。

もちろん会うつもりは無い。

だけど俺は吐いてスッキリした。


「おーーいっ!ガキギツネーーー!!聞こえるかー!!」
「ちょ、ちょっと修兵!!あんた頭までやっちゃったんじゃ…」
「乱菊さん、大丈夫ッス。俺旦那さんの事知らないんで自己紹介するだけなんで。」
びっくりして目をぱちくりする姿がいとおしくて…
俺は思いっ切り息を吸い込んだ。

「俺は檜佐木修兵だーーーっ!!」

沈黙。
そりゃそうだろう。

「返事くらいしろよこの野郎ーー!!乱菊さんを、幸せにしろよ馬鹿野郎ーーーっ!!泣かしたら許さねぇからなーーー!!!!乱菊さんの笑顔を奪ったら皮剥いで剥製にするからなー!!分かったか、チクショーーーー!!」

「しゅ修兵、いい加減に…

コツーーン…

…え?


コツーーン…
コツーーン…

足元に小石が転がってきていた。


「乱菊さん。分かったらしいですよ。幸せにするって。」

ぽかんとしている。


「…変なやつッスね。」
「あんたもね…。」
「まったくだ。」
心の底からおかしかった。
「乱菊さん、早くしないと、俺焼きもち焼きのキツネに呪い殺されます。早く帰って下さい。」
「あぁ…。そうね。なんだか何をしにここまで来たんだか忘れちゃってたわ。」

「帰るためッスよ。」

「そうね。」


「ありがとう修兵。なんだか前みたいに男前になった気がするわ。」
「前みたいに、ですか…。」
「そうよ。前は馬鹿でヘタレでダメ人間で、最近はそれに加えて辛気臭かったもの。でもやっぱり修兵は馬鹿ね!!その方が全然カッコいいわ。」
子供にするみたいに頭をぐりぐりされて、俺は泣きそうなくらい嬉しかった。

コツーーン…

「ほら、早速嫉妬してます。」
「まったく…あいつは…。」
「行ってください。」
「うん。ありがとう。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」


乱菊さんが暗闇に消えるのを見送って、俺はその場を去った。

届かないくせに燦々と輝く三日月が、あいつの目みたいで嫌いだったが、そんなあいつはもういないらしい。

今乱菊さんの隣にいるのは、馬鹿だ。
俺に負けないくらいの。


そう思うと可笑しくて仕方ない。



俺は月に思いっきりジャンプした。




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