憂鬱のちちょっと晴れ。

「おい!!お前字が読めるのか!?」
「は?」
「これ何だよ!小説だろ!?字が読めなきゃこんなのもん持ってねーよな!」
「あぁ、それは…。」

季節は梅雨になっていた。餓鬼どもは相変わらず通ってきていて、ただでさえ蒸して気が滅入るのに、この煩さで余計に憂鬱になる。
雨で外での仕事は出来ないから、家の中でゆっくりしようとしていたというのに、こいつの大声で一気にその構想はぶち壊された。

なんの事は無い。
ただの小説だ。乱菊が持ってきた荷物に紛れていたらしい。
久しく本など読んでいなかったからと、たまたま手をつけたのがそのままになっていたのだ。

「読めるんだな、これ!?」
「当たり前やろ…。」

「お邪魔しま〜す…。」
遅れてきたのがちょうど入ってきた。びしょ濡れだ。

「おい!きら!!早く入れよ!!大変なんだっ!」
騒がしい二人が無理やり部屋に上げる。
あーあー、床が濡れるわ。

「な、なに?」
「聞いて、驚くなよ?…こいつ、字が読めるらしいんだ。」
「見てみろよこれ!こいつが持ってた小説!字なんてこんな小さいんだぜ?」

「しょう、せつ…?」
なんだこいつは“小説”という言葉も知らないのかというくらいにたどたどしい発音だった。

押し付けられたその“しょうせつ”を手にし、完全に固まってしまっている。

「なぁ…なんなん?キミら字も読めんの?」
「少しだけしか読めねー。この辺じゃざらにあることだ。」
「現世の記憶があるやつはなんでも分かるけどな。俺らみたいに、ここで育ったヤツは一生読めねーままだ。」

あぁ。
確かにそうだった。
自分も現世の記憶は無い。
どうやって覚えたのかと言えば、なんとなく暮らしていくなかで覚えてしまったとしか言い様がない。

乱菊には自分が一から教えてやった。

おかげで中央霊術院に入る頃には二人とも読み書きに苦労はしなかった。


「キミら計算は…?」
「「出来んのかっ!?」」
おー、見事にハモっとる。

「計算かー…すげーなお前。」
「待てよ…。という事は、こいつに頼めばいいんじゃね?」
「おお確かに!」

なんやなんや、まためんどい事になりそうな臭いがしてきたで…。

「おいきら!ギンに行ってもおうぜ?」
「……へ?」
いままで放心状態だったのが、やっと気がついたようだ。

「あ…ああ。そうか。そうだね。お願い、しなきゃ…。」
相当アホ面しとるで。

「ギン、今から説明するからよく聞けよ?あのな…」

やつらが言う頼みとは、要は大人のインチキにいちゃもんつけてほしいという事らしかった。

本が欲しいう相談を聞いて、三人が小遣いを持ち寄った。
これで大丈夫、買えるという段になって、急に店主がそれでは足りないと言い出した。

「他の大人に売るのを見てたんだ。おなじだけ持っていったのに…俺らが計算出来ないからってふっかけて来やがって…。」
「これは貴重だから定価より五割増しになるんだとさ…。ところで五割増しってなんだ?」

なるほど。
流魂街で本を売ると言うことは、瀞霊廷で使い古されたものが闇ルートで回ってきているのだろう。
ここは比較的治安がいい場所ではあるが、そういう輩もいるのだろう。

「という事だからさっ!頼むよギン!」
「そうだ!きらも頼めよ!」
「あ…ああ、おおお願いしますっ!!」

「………。」
面倒だ。だが断ったところで、頭が割れるほど喚かれ、最終的に引っ張り出されるだろう事は目に見えている…。
答えを渋っていると、何をどうしたらそうなるのか、それを肯定と捉えたらしく、「じゃあ!!今すぐ行こう!」などと言い出した。

いやいや、まだ答えとらんし外は雨やろ…。
言おうとしたら、雨はいつの間にか止んでいた。
なんて間の悪い事だ。
天はこいつらに味方をしたいようだ。

結局連れ出されてしまった。

足元のぬかるむ中、山を降りる。
「でもさー…なんでギンは計算なんて出来るんだ?お前も、記憶あんのか?」
「…無いけど…学校行ってたしな。」
「学校!?そんなのどこにあるんだよ!?」
「…あるとこにはあるんよ。」
「ふーん。」
自分が死神だったことは、こいつらには黙っている。知らない方がいい。

「でもさ、学校といえば、乱菊さんに聞けばよかったんじゃね?死神といえば中央霊術院とかいう場所に行ってたんだよな?」
「だ、だだだめだっ!らら乱菊さんを煩わせる事は出来ねー!!」

じゃあ僕はなんやねん…。


町は存外近いところにあった。

この町に出るのなんて初めてだ。
必要なものは、乱菊が用意してくれるし、不便は無かった。

「あらー!しゅーへいちゃん達!今日はずいぶんとイケメンを連れているのねぇ!?」
いかにもなおばさんが声をかけてくる。

「こいつ、近くの山に住んでんだ。俺達の縄張りだった所に。しかもあり得ねーほど美人と。狐のお化けでは無いみたいだぜ。一応な。」
「ほんと、世の中間違ってるぜ…。」
「し、失礼だよぉ〜。」

「まぁ!すっかり仲良しなのねぇ。」
クスクスと笑うおばちゃんは嫌みでは無く、柔らかな印象だった。

「俺たちお金取ってくるから!ここで待っとけよ〜。」

ひとり取り残された。
町の人は興味津々。次々に話しかけてくる。

「いつ越してきたんだい?」
「そんな美人、是非とも拝みたいねぇ〜。今度は二人で来ておくれよ!」

その勢いに若干気圧されてしまったが、さほど嫌では無かった。


なんとなく町並みを歩いていると、一軒の雑貨屋が目に留まった。
乱菊の趣味に合いそうだ…。

小さな髪飾りを1つ買った。財布を持ってきてよかった。

「おーい!ギン、こんなところにいたのかよ!」
餓鬼どもと合流して、その本屋へ向かう。

「ここだ…!」
まるでラスボスに挑むような気合いの入れようだ。

使い込まれてボロボロの本が並んでいる。

「な、なんだその兄ちゃんは…っ!?」
「助っ人だ。読み書きに計算も出来るんだぞっ!」
「なっ…!」

店主のおやじは明らかに動揺している。

「こ、これです…。」
俳句の本だった。
子供用の大きな文字で書かれている。

裏の定価を見れば、こいつらの言うように、集めた値段で足りるはずだ。
仕方ない。働いてやるか。


「なぁ〜おっさん。あかんで〜?子供相手に金むしりとるような事したら〜。」
「うっ…。貴重なんだ。にゅ、入手するのは大変な苦労なんだぞ!」
「これ、子供の勉強用に大量に生産されとるやつやろ。その古本が定価より高いのは無いな〜。」
「なんでそんな事知ってるんだよ…!」

すっと店主に近づくと、意味ありげな声で囁いた。
「僕、瀞霊廷に住んどったんよ。」

あいつらには聞こえないぐらいの小声で。

「お、お前まままさか…!」
「お〜っと、それじゃこれで足りるな?お釣出さないだけ儲かったと思い。ええな?」
「くそっ…。持ってけ…。」


本を手渡すと、青ざめていた顔が、ほのかに紅潮した。

「あああありがとうございます!!ありがとうございます!!ありがとうございますっ!!」
「よかったな、きら!!」
「ギンも少しは役にたったな!!よかったよかった。」

「………。」



その日帰ると、乱菊に例の髪飾りを渡した。

「これ、乱菊に似合いそうやなーと思って。」
「こんなものどこで…?」
「あぁ。今日あの餓鬼らに連れられて町に行ったんよ。」

乱菊は驚いて目を見開いている。
「どないしたん?気に入らんかった…?」
「ううん!!ううん、すっごく嬉しい!!でも…初めてでしょ?町に降りたの。なんだかそれが、何より嬉しいの!!」

綺麗な笑顔やなー。
あいつらもたまには役にたつな。


「あの子たちのおかげね?感謝しなきゃ。」
「…別にそんなんや無いよ。」

「今日の話、聞かせて?」


「うん…。けどな、その前に…。」
「何よ?」
「…筆とか紙とか、あと子供用の本、適当に買ってきてくれへん?」
「?」
「…まぁ、あれや。あいつらも少しは脳みそがあったほうがええやろ。」


乱菊はニッと笑う。
「了解、せんせ!」


外はまた雨が降っていた。
湿気で蒸し暑い夜が、乱菊の笑顔で少し晴れた気がした。

まぁ、な。
これはあいつらに貸しという事にしといてやるわ。

さて、あの餓鬼どもに何から教えたものか。



始まりは
少しずつ、【今】になっていた。



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